瀧口家住宅納屋とは

瀧口家住宅納屋は、広島県庄原市春田町に大正期(1912〜1926年)に建てられた付属屋で、平成30年(2018年)3月27日に登録有形文化財に登録された。瀧口家住宅の敷地の東面に建ち、土蔵造2階建・瓦葺、建築面積は87平方メートル。主屋に向かって出入口を開き、西面は下屋を本体に取り込んでいる。

同じ東面には大正期の土蔵が建ち、南には納屋に直交して木小屋が続く。敷地の東側から南東の隅にかけて、屋敷の働き手の建物がまとまって並ぶ配置である。

登録の理由 ― 往診の馬と蚕を抱えた建物

瀧口家住宅納屋の使われ方は、この屋敷が医院であり農家でもあったことをよく示す。文化庁の解説によれば、1階は往診用の馬車に使う馬の厩と、もとは養蚕の作業所で、2階は飼料置き場だった。医師が馬車で患家を回っていた時代の備えと、中国山地の農家に広く見られた養蚕の場が、一つの棟に同居している。

解説はさらに、柱に栗の曲がり材を用いている点に地域性が表れているとし、屋敷の構成に欠かせない施設と位置づける。文化審議会の答申も、納屋が厩や養蚕の作業所として使われ、栗材の柱に地域性を示すと述べている。

瀧口家住宅納屋の見どころ

栗の曲がり材の柱

まっすぐな材だけでなく、曲がった栗の木をそのまま柱に用いるのは、身近な山の木を無駄なく使う工夫である。栗は硬く水に強いため、土間や厩のように湿気の多い場所の柱に向く。瀧口家住宅納屋の柱は、この土地の山と暮らしの結びつきを示す部材といえる。

主屋に向く出入口

出入口が主屋の側に開いているのは、屋敷の中での動きを優先した配置である。馬の世話や飼料の出し入れ、養蚕の作業が、主屋の目の届く範囲で行われていたと考えられる。

下屋を取り込んだ西面

西面では、本体に差し掛けた下屋を建物の内側に取り込み、作業の場を広げている。厩と作業所という二つの用途を1階に収めるための工夫と読める。

瀧口家住宅納屋の見学

瀧口家住宅納屋は個人の所有で、内部公開の案内は確認できない。出入口は敷地の内側、主屋の側に開いているため、外から内部の様子をうかがうことはできない。見学は公道から外観を眺める範囲にとどめ、敷地には立ち入らないこと。

撮影は道路からの外観に限り、住人に配慮したい。屋敷への行き方は瀧口家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q瀧口家住宅納屋はいつ建てられましたか?
A大正期(1912〜1926年)の建築です。
Q瀧口家住宅納屋は何に使われていましたか?
A1階は往診用の馬車に使う馬の厩と、もとは養蚕の作業所で、2階は飼料置き場でした。
Q瀧口家住宅納屋の構造と大きさは?
A土蔵造2階建・瓦葺で、建築面積は87平方メートルです。西面は下屋を取り込んでいます。
Q瀧口家住宅納屋の見どころは?
A柱に用いられた栗の曲がり材です。地元の山の木を生かした造りに地域性が表れています。
Q瀧口家住宅納屋は見学できますか?
A内部は公開されていません。出入口も敷地の内側にあるため、公道から外観を眺める範囲にとどめてください。

基本情報

名称瀧口家住宅納屋
所在地広島県庄原市春田町字岩見1-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)3月27日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積87平方メートル
所有者個人(所有者名は非公表)
公開状況非公開(個人の住宅)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「瀧口家住宅納屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012241
文化庁「平成29年11月17日 登録有形文化財(建造物)の登録について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/r1392281_21.pdf
庄原市「登録文化財」
https://www.city.shobara.hiroshima.jp/main/education/shogaigakushu/cat02/02/post_192.html

最終更新日: 2026.09.25