旧藤森家住宅勝手門とは
旧藤森家住宅勝手門は、兵庫県姫路市船橋町三丁目の藤森家旧邸の北面東寄りに建つ、本館の勝手口へ通じる間口1.5メートルの木造の門で、昭和15年(1940年)に建てられ、令和4年(2022年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「かってもん」。
勝手門は、家の者や出入りの業者が日常に使う通用の門をいう。旧藤森家住宅勝手門は、藤森眞治が本館を新築して屋敷を整えた昭和15年(1940年)に、本館と同時期に建てられた。客のための露地門が昭和5年(1930年)から西寄りに建っており、屋敷の北面には用途の違う門が2つ並ぶことになった。
旧藤森家住宅勝手門の形式と登録
形式は露地門と同じ一間の腕木門で、屋根は切妻造の桟瓦葺。本柱に節付きの丸太、控柱に名栗仕上げの材を使う点も露地門にならっている。10年前の露地門にそろえて、北面の門構えに統一感を持たせたものと考えられる。
旧藤森家住宅勝手門は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、数寄屋風の意匠に近代的な実用性を備えた門と評している。
ガラスと照明を組みこんだ門
露地門との違いは、門の開け方と欄間に表れる。旧藤森家住宅勝手門は、板戸の代わりにガラスをはめた格子戸を引違いに建て込む。引戸は開くときに前後の場所を取らず、ガラス越しに内外の様子も分かる。日々の出入りが多い勝手口の門として、使い勝手を考えた選択である。
門扉の上の欄間は竹の横桟で組み、その中央にガラスの箱に収めた照明をはめ込んでいる。夜にはこの明かりが門の足もとを照らしたはずで、数寄屋風の門に電灯を組みこむ発想は、昭和15年(1940年)の住宅らしい新しさといえる。
丸太の柱と名栗の控柱という伝統的な骨組みはそのままに、戸と欄間だけを近代の材料に置き換えた。旧藤森家住宅勝手門は、海老原一郎が設計した本館と同じく、和の手法と近代の実用を1つにまとめた建物である。
旧藤森家住宅勝手門の見学
旧藤森家住宅勝手門は敷地の北面、街路に面して建つので、公開日以外でも通りから外観を見ることができる。文化庁の写真は北面、つまり通りの側から撮られている。
ガラスの格子戸と、欄間中央の照明の箱は通りから確かめられる。軒裏は内側から撮った写真が公開されているので、一般公開の日に門の内側から見上げるとよい。撮影の可否は公式の案内に記載がないため、公開日に旧藤森家住宅を守る会の係の人に確かめてほしい。同じ北面の西寄りにある露地門と並べて見ると、2つの門の違いがよく分かる。公開日と行き方は旧藤森家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 旧藤森家住宅勝手門はどこに通じる門ですか?
- 本館の勝手口に通じる門です。敷地の北面の東寄りに建ち、家の日常の出入りに使われました。
- 旧藤森家住宅勝手門はいつ建てられましたか?
- 昭和15年(1940年)です。藤森眞治が本館を新築して屋敷を整えたときの建築です。
- 旧藤森家住宅勝手門の形式と大きさは?
- 間口1.5メートルの一間腕木門で、屋根は切妻造桟瓦葺です。本柱は節付きの丸太、控柱は名栗仕上げです。
- 旧藤森家住宅勝手門の特徴は?
- ガラスをはめた格子戸を引違いに建て、竹の横桟の欄間の中央にガラス箱の照明を組みこんでいます。数寄屋風の意匠に近代的な実用性を加えた門です。
- 旧藤森家住宅勝手門は見学できますか?
- 街路に面しているので外観はいつでも通りから見られます。門の内側からの見学は毎月第2日曜日の午前10時から12時までの一般公開日に限られます。
基本情報
| 名称 | 旧藤森家住宅勝手門 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県姫路市船橋町3丁目2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和4年(2022年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 間口1.5m |
| 所有者 | 姫路市 |
| 公開状況 | 毎月第2日曜日 午前10時〜12時に一般公開(荒天時は休止あり) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧藤森家住宅勝手門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014282
- 姫路市 旧藤森家住宅の公開
- https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/0000030546.html
最終更新日: 2026.09.30