旧藤森家住宅西方庵とは
旧藤森家住宅西方庵は、兵庫県姫路市船橋町三丁目の藤森家旧邸の北西部に建つ木造平屋建の茶室で、昭和5年(1930年)に建てられ、令和4年(2022年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「さいほうあん」。
旧藤森家住宅西方庵は、庭に南面して建つ。六畳の茶室、四畳半の次の間、水屋の3つからなり、建築面積は48平方メートル。屋根は入母屋造の桟瓦葺で、庭の側には銅板葺の庇をめぐらせる。藤森家がこの土地を買う前からあった建物で、昭和15年(1940年)の屋敷構えは、この茶室を中心とする一郭をそのまま取り込んで成り立っている。
旧藤森家住宅西方庵の名と登録
管理にあたる旧藤森家住宅を守る会によれば、西方庵の名は裏千家十四代家元の淡々斎が付けたと伝わる。誰が何のために建てた茶室なのかは、はっきりしていない。
旧藤森家住宅西方庵は「造形の規範となっているもの」として登録された。文化庁の解説は、開放的な茶室のつくりと、露地を建物の中へ引き込む構成を特徴に挙げている。
旧藤森家住宅西方庵の見どころ
茶室と聞くと、小さな躙口から入る薄暗い部屋を思い浮かべる人が多いかもしれない。旧藤森家住宅西方庵の六畳は、その逆を行く。庭に向けて障子戸の大きな開口を取り、晴れた日には座敷いっぱいに庭の光が入る。
天井は全面を竹の簾で張った舟底天井で、中央が船底を伏せたように持ち上がる。広めの座敷でも天井が低く感じられず、声がやわらかく回る。守る会によれば、壁には藁すさを混ぜた聚楽土を用い、外壁は鉄分で赤みを帯びた錆壁とする。柱には檜、造作には杉と竹を使い分けている。
もう1つの見どころは、次の間への入り方である。文化庁の解説は、四畳半の次の間へは露地を屋内に引き込む構成を取っていると記す。庭の飛石を伝ってきた客が、外と内の境をあいまいにしたまま建物に入っていく。露地門から待合、そしてこの茶室へと続く屋敷の北西の一郭は、この入り方で完結する。
旧藤森家住宅西方庵の見学
旧藤森家住宅西方庵は、屋敷の一般公開日に見学できる。敷地の北西にあり、公開日以外に街路から見えるのは隣の水屋の外壁くらいである。
茶室の性格がよく分かるのは、南の庭の側から障子の開口と銅板の庇を眺めたときである。文化庁の写真も南西から撮られている。茶室に入れるか、撮影ができるかは公式の案内に記載がないので、当日に守る会の係の人に確かめたい。公開日と行き方は旧藤森家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 旧藤森家住宅西方庵はいつ建てられた茶室ですか?
- 昭和5年(1930年)です。藤森家がこの土地を購入する前から建っていた茶室で、昭和15年(1940年)に屋敷の一部となりました。
- 旧藤森家住宅西方庵の名前は誰が付けましたか?
- 管理にあたる旧藤森家住宅を守る会によれば、裏千家十四代家元の淡々斎が命名したと伝わります。
- 旧藤森家住宅西方庵の間取りは?
- 六畳の茶室、四畳半の次の間、水屋の3つからなり、建築面積は48平方メートルです。屋根は入母屋造桟瓦葺で、庭側に銅板葺の庇が付きます。
- 旧藤森家住宅西方庵の茶室の特徴は?
- 竹簾張りの舟底天井と、庭に向けた障子戸の大きな開口による開放的なつくりです。次の間へは露地を屋内に引き込む構成になっています。
- 旧藤森家住宅西方庵は見学できますか?
- 毎月第2日曜日の午前10時から12時までの一般公開日に見学できます。茶室に入れるかと撮影の可否は当日の案内に従ってください。
基本情報
| 名称 | 旧藤森家住宅西方庵 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県姫路市船橋町三丁目2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和4年(2022年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積48㎡ |
| 所有者 | 姫路市 |
| 公開状況 | 毎月第2日曜日 午前10時〜12時に一般公開(荒天時は休止あり) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧藤森家住宅西方庵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014277
- 旧藤森家住宅を守る会 旧藤森家住宅
- https://sites.google.com/view/https-fujimori-publich-hp
- 姫路市 旧藤森家住宅の公開
- https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/0000030546.html
最終更新日: 2026.09.30