旧山本家住宅(山本清記念財団会館)茶室 ― 関西では稀な不昧流の四畳半
躙り口がない。西宮市結善町、主屋から庭を挟んで建つこの小さな建物について、まず知っておくべきはその一点である。
茶室の入口といえば躙り口を思い浮かべる方が多いだろう。身をかがめ、膝をついて潜る低い開口部で、千利休以来の作法として定着した。ところがこの茶室には貴人口だけが設けられ、躙り口は設けられていない。設計上の省略ではなく、流派の選択である。
建物は木造平屋建、桟瓦葺、建築面積17平方メートル。東西棟の入母屋造で、北面と西面には銅板葺の庇を廻す。内部は西に四畳半の茶室、東に三畳の水屋を並べる構成。壁は内外とも聚楽仕上げで、西面は広い掃き出しとする。
年代は文化庁のデータベースでは昭和12年頃(1937年頃)。主屋と同時期の建設である。財団の公式沿革は邸宅全体の竣工を昭和13年(1938年)としており、資料によって一年の幅がある。
登録有形文化財としての位置づけ
登録番号は28-0295。平成19年(2007年)12月5日に登録され、同月19日に告示された。第57回の登録で、基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
登録有形文化財という区分は、国宝や重要文化財の「指定」とは性格が違う。指定は国が特に高い価値を認めて選び出し、現状変更に厳しい制限を課す制度である。一方の登録は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正で導入された比較的新しい仕組みで、明治以降に大量に建てられ、評価を受ける前に消えていく建造物を広く救い上げることを目的としている。
所有者が申請して登録原簿に載せ、外観の変更には届出を求めるが、使い続けることへの制約は小さい。個人邸の庭に建つ昭和初期の茶室は、この制度がなければ記録にも残らないまま取り壊されていた類の建物だろう。
この茶室に固有の価値は、その流派にある。平面は不昧流にのっとる。松江藩主・松平治郷、茶名を不昧と称した江戸後期の大名茶人が確立した流派で、その茶室は利休以来の張りつめた小間とは対照的に、明るさと開放性を重んじる。貴人口だけを設ける構えも、その考え方から自然に導かれるものだ。松江周辺には作例が残るものの、関西では珍しく、兵庫の邸宅の庭にあること自体が例外的といえる。
偶然の一致ではない。設計した岡田孝男は大阪三越の技師であると同時に茶室研究家として知られ、関西各地に茶室の仕事を残している。主屋の茶の間から見える小庭の梅は松平不昧ゆかりと伝わり、鳥取の鉄山経営者だった当初の施主・近藤壽一郎の側にも、松江流の茶席を望む理由があったことをうかがわせる。
庭を歩いて茶室へ
茶室は主庭を挟んで北を向く。この庭は二通りの読み方ができるようにつくられている。
主屋の座敷から正面に眺めれば、雪見灯篭、踏分石、主木の松、枯池、そして視線の奥を閉じる茶室と、視覚的な要素が順に並ぶ鑑賞の庭になる。一方、実際に歩けば茶事の露地となり、主屋から二手に分かれた道筋のどちらからでも茶室に至る。
庭石にも由来がある。近藤壽一郎の地元、鳥取県日野町根雨の川から運ばれたものが用いられていると伝えられ、なかでも靴脱石は形が変わっている。この庭には出雲流庭園の影響が指摘されており、不昧流の茶室と組み合わせて考えれば筋が通る。どちらも山陰から来た作法である。
室内に入ると、開放性という言葉の意味がすぐに分かる。四畳半という広さ自体は標準的だが、西面の広い掃き出しと低く廻る銅板の庇のおかげで、光が聚楽壁の上を横に流れていく。同じ広さの利休系の小間と比べると、空気の質がまるで違う。客の顔も庭の様子もはっきり見える茶席である。
見学は前日までの予約制で、茶室は外観から、その日の使用状況によっては内部も見ることができる。開館は10時30分から15時30分(入館は15時まで)、日曜・月曜・祝祭日は休館。入館料は大人300円、小中学生150円。阪急夙川駅から徒歩約9分、阪急苦楽園口駅から約8分。秋の光もいいが、梅の時季に合わせるという手もある。
Q&A
- なぜ躙り口がないのですか。
- 不昧流の茶室だからです。この流派は明るく開放的な席を好み、客は貴人口から入ります。低い躙り口は主に利休系の流れをくむ茶室の作法で、身をかがめて入る所作そのものに意味を持たせています。
- 松平不昧とはどのような人物ですか。
- 松江藩主・松平治郷(1751年〜1818年)のことで、不昧は茶名です。江戸後期を代表する大名茶人であり、名物道具の収集家としても知られました。その茶の系譜が不昧流と呼ばれています。
- 茶会に参加できますか。
- 財団は文化教室の開催や施設貸出を行っており、茶に関わる催しもあります。ただし通常の見学とは別枠です。予約の際に問い合わせてください。内容は時期によって変わります。
- 水屋とは何をする場所ですか。
- 亭主が茶道具を収め、洗い、準備を整えるための場所です。この茶室では東側の三畳がそれにあたり、四畳半の席と直接つながっています。
- 主屋より古い建物ですか。
- いいえ。昭和10年代の同じ建設事業のなかで建てられたもので、データベースの年代も昭和12年頃とされています。他所から移築されたものではありません。
基本情報
| 名称 | 旧山本家住宅(山本清記念財団会館)茶室 |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 28-0295 |
| 登録年月日 | 平成19年(2007年)12月5日登録/同年12月19日告示(第57回) |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 年代 | 昭和12年頃(1937年頃)/文化庁データベース |
| 構造及び形式等 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積17平方メートル。東西棟の入母屋造桟瓦葺、北・西面に銅板葺の庇 |
| 平面 | 西に四畳半の茶室、東に三畳の水屋。貴人口のみ設け、躙り口は設けない |
| 員数 | 1棟 |
| 設計 | 岡田孝男(大阪三越住宅建築部 技師、茶室研究家) |
| 流派 | 不昧流(松江藩主・松平治郷の流れ) |
| 所在地 | 兵庫県西宮市結善町(文化庁データベースは結善町3、財団公式サイトは結善町1番24号と表記) |
| 所有者 | 一般財団法人 山本清記念財団 |
| 交通 | 阪急神戸線 夙川駅より徒歩約9分/阪急甲陽線 苦楽園口駅より徒歩約8分/JR神戸線 さくら夙川駅より徒歩約12分 |
| 公開状況 | 前日までの予約制。10時30分〜15時30分(入館は15時まで)。日曜・月曜・祝祭日休館 |
| 入館料 | 大人300円、小・中学生150円 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧山本家住宅(山本清記念財団会館)茶室
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006718
- 文化遺産オンライン 旧山本家住宅(山本清記念財団会館)茶室
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/143981
- 一般財団法人 山本清記念財団 見学について
- https://www.yamakiyo.jp/about.html
- おにわさん 山本清記念財団(旧山本家住宅)庭園
- https://oniwa.garden/yamamoto-kiyoshi-nishinomiya/
- 西宮流(にしのみやスタイル)山本清記念財団(旧山本家住宅)
- https://nishinomiya-style.jp/glossary/yamamotokiyoshi
最終更新日: 2026.07.22