梶原家住宅土蔵とは

梶原家住宅土蔵は、兵庫県姫路市大塩町字天神の梶原家住宅(中西梶原)で主屋の北西に建つ天保13年(1842年)の土蔵で、大正後期に現在地へ移築され、平成21年(2009年)に国の登録有形文化財に登録された。

梶原家住宅土蔵は南北に棟を通した土蔵造2階建で、屋根は切妻造・本瓦葺。桁行9.8メートル、梁間4.9メートル、建築面積49平方メートルである。

天保の棟札と移築

姫路市によると、梶原家住宅土蔵の棟札には「天保十三壬寅三月吉日」の年紀と、松原村の棟梁、岡本儀輔の名が記されている。建築の年月と棟梁の名が分かる江戸後期の土蔵である。

この土蔵は大正後期に移築されている。同じ屋敷の主屋が建ったのは大正11年(1922年)で、移築はその前後の時期にあたる。80年ほど前の土蔵を運び込み、新しい主屋と組み合わせて屋敷を整えたとみられるが、もとの所在地や移築の理由は資料に記されていない。

二つに分けた蔵と丁寧な細部

梶原家住宅土蔵は東を正面として庇を掛ける。壁は白い漆喰で塗り、正面の腰には下見板を張って足元を守る。

内部は南北の二室に分け、それぞれの部屋に出入口と窓を設ける。一棟の蔵でありながら、二つの収納庫を独立して使える造りである。

文化庁は、庇を支える持送りや出入口の上に施した文様を丁寧な仕上げと評している。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。

梶原家住宅土蔵の見学

梶原家住宅土蔵は個人の住まいの一部で、見学を受け付けているという情報は見当たらない。道路から見えるかどうかは現地で確かめていないので、訪れる場合も敷地には立ち入らないようにしたい。

屋敷への行き方は梶原家住宅(中西梶原)のページで紹介している。

Q&A

Q梶原家住宅土蔵はいつ建てられましたか?
A天保13年(1842年)です。棟札に「天保十三壬寅三月吉日」とあります。
Q梶原家住宅土蔵を建てた棟梁は分かりますか?
A棟札に松原村の棟梁、岡本儀輔の名が記されていると、姫路市が紹介しています。
Q梶原家住宅土蔵はいつ現在地に移されましたか?
A大正後期(1912〜1925年)に移築されました。もとの所在地は資料に記されていません。
Q梶原家住宅土蔵の内部はどうなっていますか?
A南北の二室に分かれ、それぞれに出入口と窓があります。
Q梶原家住宅土蔵は見学できますか?
A見学を受け付けているという情報は見当たりません。個人の住まいの一部です。

基本情報

名称梶原家住宅土蔵
所在地兵庫県姫路市大塩町字天神117-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成21年(2009年)登録
員数1棟
寸法建築面積49㎡(桁行9.8m・梁間4.9m)
所有者個人
公開状況個人住宅(公開情報なし)

参考文献

国指定文化財等データベース 梶原家住宅土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007774
文化遺産オンライン 梶原家住宅土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/154375
姫路市 梶原家住宅(中西梶原)土蔵
https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/0000001828.html

最終更新日: 2026.09.30