梶原家住宅主屋(中西梶原)とは
梶原家住宅主屋は、兵庫県姫路市大塩町字天神の梶原家住宅(中西梶原)で敷地の中央に建つ大正11年(1922年)の母屋で、平成21年(2009年)に国の登録有形文化財に登録された。
同じ大塩町には、姫路市が「西梶原」と呼ぶ別の梶原家住宅があり、そちらにも同名の主屋(嘉永6年=1853年)がある。このページで扱う梶原家住宅主屋は、字天神の中西梶原のものである。
入母屋妻入の大屋根と重なる屋根
梶原家住宅主屋は桁行17メートル、梁間13メートル、建築面積302平方メートルの木造つし2階建で、中心となる屋根は入母屋造の妻入とする。妻入は、屋根の三角形の妻側を正面や出入りの側に向ける形である。
この大屋根に、玄関、2階屋、台所などの屋根を次々に付け足している。文化庁は、多くの屋根を複雑に付設し、外壁を塗り込めていることで風格のある外観になっていると評する。大小の屋根が重なり合う姿が、梶原家住宅主屋の外観の特色である。
文化庁の構造欄は「木造平屋一部2階建」と記し、解説は「木造つし2階建」とする。天井の低い屋根裏階(つし)を平屋の一部として扱い、2階屋の部分だけを2階建と数えた記載と読める。
土間と北側の接客空間
間取りは、東の妻側に土間を置き、北側の庭に面して玄関から続く座敷などの接客の部屋を並べる。家の仕事の場を東に、客を迎える部屋を庭の側にまとめた構成である。
姫路市によれば、梶原家住宅主屋の棟札には「大正十一年八月二十日」の年紀と、大工の間谷文吉の名が記されている。建てた日付と大工の名が分かる点で、大正期の地方の住宅を知る手がかりになる建物といえる。
主屋の北西には、天保13年(1842年)に建ち大正後期にこの地へ移築された土蔵がある。主屋の建築と土蔵の移築はほぼ同じ時期で、この二つによって現在の屋敷の構えができあがったとみられる。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。
梶原家住宅主屋の見学
梶原家住宅主屋は個人の住まいで、見学を受け付けているという情報は見当たらない。訪れる場合は道路からの外観にとどめ、敷地には入らないようにしたい。道路から大屋根がどう見えるかは現地で確かめていない。
行き方は梶原家住宅(中西梶原)のページにまとめている。
Q&A
- 梶原家住宅主屋(中西梶原)はいつ建てられましたか?
- 大正11年(1922年)です。棟札に「大正十一年八月二十日」とあります。
- 梶原家住宅主屋を建てた大工は分かりますか?
- 棟札に大工の間谷文吉の名が記されていると、姫路市が紹介しています。
- 梶原家住宅主屋の屋根の特徴は?
- 入母屋造・妻入の大屋根に、玄関や2階屋、台所などの屋根を複雑に付け足しています。
- 西梶原の梶原家住宅主屋とは別の建物ですか?
- 別の建物です。西梶原の主屋は大塩町字宮之本にある嘉永6年(1853年)の建物で、こちらは字天神にある大正11年の建物です。
- 梶原家住宅主屋は見学できますか?
- 見学を受け付けているという情報は見当たりません。個人の住まいなので、道路から外観を眺めるにとどめてください。
基本情報
| 名称 | 梶原家住宅主屋 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県姫路市大塩町字天神117-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成21年(2009年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積302㎡(桁行17m・梁間13m) |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 個人住宅(公開情報なし) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 梶原家住宅主屋(天神)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007773
- 姫路市 梶原家住宅(中西梶原)主屋
- https://www.city.himeji.lg.jp/kanko/0000001823.html
最終更新日: 2026.09.30