呉服店が百貨店になろうとした年の建物

松尾ビル(旧小橋屋呉服店神戸支店)は、兵庫県神戸市中央区元町通6丁目にある大正14年(1925年)竣工の鉄筋コンクリート造建築で、平成26年(2014年)12月19日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。5階建、一部地下1階、建築面積は369平方メートルである。

神戸は20世紀前半の商業建築を大量に失った街だ。平成7年(1995年)1月の阪神・淡路大震災は栄町通界隈の鉄筋コンクリート建築を次々に倒し、震災を免れた建物も再開発でかなりが消えた。松尾ビルは残った。元町商店街では現存最古級のビルと建築関係者に評されている。

建つのは元町通り東側の角地で、正面は西を向く。施主は呉服商の小橋屋。神戸支店を出すために建てられた建物である。時代としては、日本の呉服商が百貨店へ姿を変えていく途中にあたる。三越も大丸も高島屋も、もとは呉服を扱う店だった。大正14年の元町通りに現れたのは、その新しい買い物の形に合わせた建物、つまり売場を縦に積み、客を階のあいだで動かす建物だった。

小橋屋はとうに去っている。建物はいまの所有者である松尾土地建物合資会社の名を冠し、1階にはドラッグストアが入り、上階は事務所として使われている。

ファサードから読む大正の意匠

登録基準は「造形の規範となっているもの」。登録番号は28-0600、第79回登録で、告示・登録とも平成26年12月19日付である。

文化庁の解説が挙げているのは、まず外観の構成だ。1階正面には三連の大アーケード。その上の階には縦長の三連アーチ窓が並ぶ。窓台は三段に迫り出す。こうした要所に用いられた曲線を、解説は表現派風と表現し、全体を大正期の意匠の傾向を示すものと位置づけている。

表現派という語には少し説明が要る。ヨーロッパ建築でいう表現主義は、1910年代から20年代にかけての潮流で、台頭しつつあった近代建築の直線的な規律に抗い、曲線的・結晶的な、彫刻のように扱われた形態を好んだ。大正期(1912年から1926年)の日本の建築家は欧州の建築雑誌をよく読んでおり、この語彙は素早く入ってきた。松尾ビルにおいては、様式として全面的に採用されたのではなく、抑揚として現れる。直線で済むところに曲線を置き、窓台に段を刻む。その程度の介入である。

内部にも同じ手が入っている。柱頭には飾りが付き、梁や廻縁には蛇腹引が施される。蛇腹引は、型板を生乾きの漆喰に沿わせて引き、連続した繰形をつくる左官技法だ。大正14年の小売業者が必要としたのは、広くて明るい売場である。装飾は、その売場に足を運ぶ価値があると客に思わせるためのものだった。

設計・施工はともに竹中工務店とされる。関西の戦間期商業建築を数多く手がけた大阪の建設会社で、社内に設計部門を持っていた。神戸新聞は、このビルに事務所を構える兵庫県ヘリテージマネージャーの談として、設計者を竹中工務店の松下甚三郎とし、大阪・中之島の朝日会館との関係にも触れている。ただし国のデータベースに設計者の記載はなく、この帰属は報道による情報として扱うのが妥当だろう。

見に行くときの現実と、内部にひとつだけ残るもの

問題がある。元町通りはアーケード街で、そのアーケードの屋根が建物正面の上部を横切っている。通りに立っても、文化財としての評価の中心にある正面上部は見えない。1階の三連大アーケードは見える。その上の縦長アーチ窓は、ほとんど見えない。

日本の商店街に残る戦前建築にはよくあることで、ここに小さな皮肉が生まれる。買い物客を濡らさないための屋根が、誰も上を見上げなくなった理由になっている。

一時期、機会はあった。令和5年(2023年)、隣接していた旧ホテルシェレナ西館が解体され、数十年隠れていた側面が姿を現した。クリーム色の外壁が更地越しに見えるようになったと神戸新聞は報じている。同記事によれば敷地内の他の建物も解体予定とされていた。その眺めが今も得られるかは、その後そこに何が建ったかによる。訪問を計画する際に当てにしないほうがよい。

確実にできるのは、街区を歩くことだ。アーケードの西端、西元町寄りから近づくとよい。商店街はこちら側のほうが静かで、古い建物の密度も高い。1階のアーチを見たら、角を曲がって側道に入り、そこから見上げる。大正14年の小売建築のプロポーションは、正面よりも斜めから見たほうがよく分かる。

内部には珍しいものが残っている。蛇腹戸の手動式エレベーターで、いまも現役で動いているという。この年代の手動エレベーターは、度重なる安全規制の改定を経て日本からほぼ姿を消した。

公開について、はっきり書いておきたい。松尾ビルは松尾土地建物合資会社が所有し、テナントが現に使っている私有の商業建築である。見学プログラムはなく、拝観料もなく、文化財としての公開時間も設定されていない。1階のドラッグストアは店舗としての営業時間内であれば客として入れるが、上階は事務所で、エレベーターはテナントとその来訪者のためのものだ。公道のアーケードから外観を撮影することに制限はない。エレベーターを見るために上階へ上がることは、訪問者が自由にできることではない。

行き方は簡単だ。JR神戸線元町駅、阪神・阪急の高速神戸駅がいずれも徒歩圏で、そのあいだをアーケードが途切れずに結んでいる。6丁目側には神戸市営地下鉄海岸線の西元町駅がさらに近い。東の旧居留地や、一本南の乙仲通の戦間期のビル群と組み合わせて歩くとよい。

Q&A

Q松尾ビル(旧小橋屋呉服店神戸支店)の内部を見学できますか?
A1階のテナントまでです。現に使われている私有の商業建築で、1階はドラッグストア、上階は事務所です。文化財としての見学プログラム、拝観料、公開時間はいずれも設定されていません。上階と歴史的なエレベーターは、テナントおよびその来訪者のためのものです。
Q松尾ビルの正面は、なぜ通りから見えにくいのですか?
A元町通りにアーケードが架かっており、その構造物が建物正面の上部を遮っているためです。1階の三連大アーケードは見えますが、その上の縦長アーチ窓はほとんど見えません。令和5年(2023年)には隣接する旧ホテルシェレナ西館の解体で側面が一時的に現れました。その眺めが今も得られるかは、その後の建設状況によります。
Q松尾ビルは誰が設計し、いつ建てられたのですか?
A竣工は大正14年(1925年)です。設計・施工はともに竹中工務店とされます。設計者については、兵庫県ヘリテージマネージャーの談として竹中工務店の松下甚三郎の名を挙げる報道がありますが、国指定文化財等データベースには設計者の記載がありません。報道による情報として理解するのが適切です。
Q松尾ビルはどこが評価されて登録有形文化財になったのですか?
A平成26年(2014年)12月19日に「造形の規範となっているもの」という基準で登録されました。文化庁の解説は、1階正面の三連大アーケード、上階の縦長三連アーチ窓、三段迫出しの窓台、要所に用いられた表現派風の曲線、さらに内部の柱頭飾や梁・廻縁の蛇腹引を挙げ、これらを大正期の意匠の傾向を示すものとしています。
Q松尾ビルへのアクセスと、周辺の見どころを教えてください。
A所在地は神戸市中央区元町通6-5-6他です。JR神戸線元町駅、阪神・阪急の高速神戸駅がいずれも徒歩圏で、アーケードが両者をつないでいます。6丁目側には神戸市営地下鉄海岸線の西元町駅がより近くにあります。元町の西寄りは古い建物の密度が高いエリアです。東に旧居留地、一本南に乙仲通があり、あわせて歩くのに向いています。

基本データ

名称松尾ビル(旧小橋屋呉服店神戸支店)(まつおびる/きゅうおばしやごふくてんこうべしてん)
所在地兵庫県神戸市中央区元町通6-5-6他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成26年(2014年)12月19日登録・告示(登録番号28-0600、第79回)
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造5階一部地下1階建、建築面積369平方メートル
所有者松尾土地建物合資会社
公開状況文化財としての公開なし。見学はアーケードからの外観のみ。1階テナントは店舗営業時間内に入店可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 松尾ビル(旧小橋屋呉服店神戸支店)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010321
文化遺産オンライン — 松尾ビル(旧小橋屋呉服店神戸支店)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/210984
神戸新聞NEXT — 解体に伴い松尾ビルの外観が現れたことを報じる記事
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202305/0016322993.shtml
神戸元町商店街
https://www.kobe-motomachi.or.jp/

最終更新日: 2026.08.26