ロイ・スミス館門柱及び石垣(旧大谷家住宅門柱及び石垣):六甲山麓に佇む昭和初期の風格ある屋敷構え

神戸市灘区、六甲山南麓の閑静な住宅地の坂道を登っていくと、御影石を纏った端正な門柱と、緩やかに折れ曲がりながら敷地を取り囲む長大な石垣が現れます。これが、2011年に国の登録有形文化財となった「ロイ・スミス館門柱及び石垣(旧大谷家住宅門柱及び石垣)」です。単なる境界ではなく、昭和初期に建てられた貿易商の邸宅を、そして後にアメリカ人教授に贈られた「館」を、今も格調高く縁取り続けている屋敷構えそのものなのです。

御影石が語る、風格ある正面

敷地は、兵庫県神戸護国神社のすぐ上、長峰山の中腹にゆったりと広がっています。その東面中央に門を開き、通用門を併設する構えで、門柱は鉄筋コンクリート造、高さ1.9メートル、間口3.0メートル、全面に御影石を貼った意匠です。石垣は敷地の東・西・南の三方をぐるりと取り囲み、折曲り延長は111メートル、最も高いところで4.7メートルに達します。これは神戸周辺の大規模邸宅でかつて典型的に用いられた「御影塀」と呼ばれる石造塀の好例で、阪神間の高級住宅地の外観を形づくってきた様式のひとつです。

清水栄二設計、昭和10年の邸宅

この門と石垣は、1935年(昭和10年)頃に主屋とともに整えられました。建主は神戸の貿易商・大谷茂氏で、戦間期の神戸経済を背景に邸宅を構えました。設計を手がけたのは清水栄二。御影公会堂や甲南漬資料館(旧高嶋家住宅)など、神戸を代表する建築を多く残した建築家です。主屋は木造2階建寄棟造、スパニッシュ瓦を葺き、外観はハーフティンバーや三連窓を用いた洋風意匠でまとめ、内部には帆船をモチーフにしたステンドグラスなど、港町神戸らしい海の意匠が随所に配されています。門柱と石垣は、この主屋の格を外から支える装置として、敷地の印象を決定づける役割を担いました。

なぜ文化財に指定されたのか

2011年10月28日、門柱及び石垣は登録有形文化財(建造物)に登録されました。同じ敷地内の主屋、車庫も同じ日付で別個に登録されており、邸宅全体が一体の文化財群として保護される形になっています。評価された価値は主に三点です。第一に、御影石を纏った門柱と長大な御影塀が一体となって構成する「屋敷構え」は、当地の大規模住宅に典型的な外観でありながら、近年その多くが失われつつあり、現存例として貴重であること。第二に、御影石の貼り方や石垣の組み方には、地元産の石材を用いた昭和初期の高い石工技術が反映されていること。第三に、主屋・車庫が良好に残されている敷地にあって、外郭を整える装置としての門柱及び石垣が完結した形で伝わり、1930年代の六甲山麓における上層住宅文化を一体として理解できる貴重な遺構となっていることです。

「ロイ・スミス」――ある教師の長い物語

「ロイ・スミス館」の名の由来は、一人のアメリカ人教師にあります。ロイ・スミス先生は1878年6月、アメリカ・イリノイ州に生まれ、1909年9月、31歳の時に旧制官立神戸高等商業学校(現在の神戸大学の前身)に赴任しました。以来、明治・大正・昭和の三代にわたって教壇に立ち続け、1968年3月、89歳で神戸大学を退官して本学初の外国人「名誉教授」となりました。在職期間は約58年、同大学史上最長の記録です。

1960年、恩師を敬愛する多くの教え子たちが資金を出し合い、先生のために旧大谷家住宅を買い取りました。同年11月21日には「THE ROY SMITH HOUSE」の命名式が挙行され、以後、離日する1968年までの約8年間、スミス先生はこの館で過ごしました(1969年6月逝去)。神戸大学六甲台本館前庭に立つ胸像や、社会科学系図書館大閲覧室に掲げられた中山正實作の肖像画もまた、同じ教え子たちの寄附によるもので、先生への敬慕の念を今に伝えています。

道から楽しむ見どころ

現在、敷地内の建物は公益財団法人神戸大学六甲台後援会の事務所として利用されており、内部や庭園は一般には公開されていません。見学は道路からに限られますが、外から眺めるだけでも、この屋敷構えの魅力は十分に伝わってきます。

まず目を奪われるのが、石垣の長大さです。一直線ではなく、斜面に沿って幾度も折れ曲がりながら続いていく様子は、六甲山麓の地形と対話しながら築かれたことを物語っています。御影石の表面をよく見ると、一石一石を採石場で切り出し、角を整えて丁寧に据え付けた職人の手仕事が読み取れます。門柱は落ち着いた比例でどっしりと構え、石の規則正しい表情と、門の奥にわずかに覗くスパニッシュ瓦の柔らかな赤とが、美しい対比を生み出しています。夕方近くに訪れると、西日を受けて御影石が銀色に温かく光り、写真愛好家にとっても魅力的な時間帯となります。

アクセスと周辺のおすすめ

最寄りは阪急「六甲」駅で、坂道を北西方向へ徒歩約20分。JR「六甲道」駅からは少し距離がありますが、神戸らしい坂のまち歩きとして十分楽しめるルートです。周辺の路地にも、御影石の擁壁や昭和初期の洋館がさりげなく残されており、この界隈がかつてどのような住宅地であったかを体感できます。

すぐ南側には、東部兵庫出身の英霊を祀る兵庫縣神戸護國神社があり、春には桜の名所として知られ、毎月第4日曜には「バザール・イン六甲」が開催されて賑わいます。徒歩圏内には神戸大学六甲台キャンパスがあり、こちらにも登録有形文化財に指定された本館をはじめとする昭和初期の建物群が集まっています。少し足を伸ばせば、同じ清水栄二設計の御影公会堂や甲南漬資料館(旧高嶋家住宅)を巡り、灘五郷の酒蔵や北野異人館、六甲山上などとも組み合わせて、神戸の近代建築と文化の層をじっくり味わう一日が組み立てられます。

Q&A

Qロイ・スミス館の中や庭は見学できますか。
Aいいえ、一般公開はされていません。現在は公益財団法人神戸大学六甲台後援会の事務所として使われています。登録有形文化財である門柱と石垣は公道からご覧いただけますので、敷地内で働く方々に配慮しながら、外観をお楽しみください。
Q門柱及び石垣は、主屋とは別に登録されているのですか。
Aはい。日本の登録有形文化財制度では、大規模な邸宅の構成要素ごとに別登録とする例が多くあります。ロイ・スミス館についても、主屋・車庫・門柱及び石垣がそれぞれ独立した登録物件として、2011年10月28日付で登録されています。
Q「御影塀」とは何ですか。
A御影塀は、かつて神戸市東灘区御影周辺で採石された御影石を用いて築かれた塀のことです。明治後期以降、阪神間の大邸宅で外構として広く採用され、地域の景観を特徴づけてきました。近年は現存例が減少傾向にあり、歴史的環境を伝える貴重な存在とされています。
Q見学にどのくらい時間をとればよいですか。
A外からの見学に限られますので、石垣沿いを歩きながら門を眺める形で15〜20分ほどで一巡できます。すぐ近くの護国神社や周辺の坂道歩きと組み合わせれば、1時間程度のゆったりとした散策コースになります。
Q見学に料金はかかりますか。
Aいいえ、門柱及び石垣は公道から無料で見ることができます。ただし敷地内への立ち入りはできませんので、ご注意ください。

基本情報

名称 ロイ・スミス館門柱及び石垣(旧大谷家住宅門柱及び石垣)
所在地 兵庫県神戸市灘区篠原北町4-4-13他
設計 清水栄二(御影公会堂、甲南漬資料館などを手がけた建築家)
建主 大谷茂(神戸の貿易商)
所有者 財団法人神戸大学六甲台後援会
竣工 1935年(昭和10年)頃
門柱の構造 鉄筋コンクリート造、御影石貼、高さ1.9m、間口3.0m、通用門付
石垣の構造 石造、折曲り延長111m、最大高さ4.7m
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)、2011年10月28日登録
アクセス 阪急「六甲」駅より徒歩約20分
公開状況 建物および敷地は非公開(外観のみ道路から見学可)

参考文献

ロイ・スミス館門柱及び石垣(旧大谷家住宅門柱及び石垣)|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/226732
ロイ・スミス館本館(旧大谷家住宅主屋)|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/246150
ロイ・スミス館車庫(旧大谷家住宅車庫)|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/198691
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009052
Pochitto神戸|第30回 神戸大学コラム「坂の上の館 ロイ・スミス館」
http://www.pochitto-nishisuzu.com/page/kobeuniv/30.php
ロイ・スミス館|神戸の観光・散策・さんぽ
http://kobe.peach21.org/roy-smith.html
兵庫縣神戸護國神社|Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/兵庫縣神戸護國神社

最終更新日: 2026.04.23