朱の拝殿の背後にある素木の社殿

笠間稲荷神社本殿は、茨城県笠間市笠間にある万延元年(1860年)建立の神社建築で、昭和63年(1988年)1月13日に国の重要文化財に指定された。祭神は穀物の神である宇迦之御魂命で、社は胡桃下稲荷、紋三郎稲荷の別称でも知られる。

年間に訪れる数百万の参拝者のうち、指定建造物を実際に目にする人は多くない。境内に入り、拝殿で参拝し、授与所に寄って帰る。拝殿は近代の建築で、笠間朱色と呼ばれる朱に塗られており、しかも本殿の真正面に建って視線を遮っている。

裏へ回ればよい。拝殿の背後には通路があり、そこに彩色をまったく施していない本殿が、彫刻に覆われて建っている。

指定の対象となっている建物

文化庁の指定データでは員数1棟、構造は「本殿及び旧拝殿よりなる」と記される。外陣にあたるのが旧拝殿で、桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、向拝一間、軒唐破風付。その背後の内陣が本殿にあたり、桁行三間、梁間三間、一重、背面入母屋造、前面で外陣に接続する。内陣の棟は外陣の棟をこえて立ち上がり、正面に破風をつくる。屋根はいずれも本瓦形銅板葺。附として棟札1枚が指定され、指定番号は02192である。

本殿と拝殿を一続きの建物としてつなぐこの形式が権現造であり、文化庁の解説が外観を「変化に富む」と評しているのは、この構成から生じる輪郭による。側面から棟の線をたどると、建物は二度せり上がる。

材は総欅で、素木のまま用いられている。構造にも彫刻にも顔料が入っていない。文化庁はこの彩色のなさを江戸時代末期の特徴として挙げており、それは建物の見え方を規定する条件でもある。注意を奪う色がないため、彫刻がすべてを負うことになり、欅の木肌そのものが構成の一部として働く。

棟札は万延元年9月18日の日付をもち、笠間城主牧野貞明の武運長久と領内泰平を祈る文言を記す。一方、笠間市の解説はこの本殿を文久元年(1861年)の建造としており、文化庁の年代より一年遅い。万延元年の棟札を上棟の記録、笠間市の記述を竣工年とみれば整合するが、食い違いとして把握しておきたい点ではある。

彫刻の内容と、訪ねる時期

棟札の裏には彫刻師として後藤縫之助、弥勒寺音八、諸貫萬五郎の名がある。大工棟梁は真壁郡大曽根村の柴山播磨正源始治と、笠間高橋町の海老沢太郎兵衛。いずれも在地の職人である。文化庁の解説はその点をあえて記している。地元の大工と彫工の手になる建築でありながら、同時代の中央の工房の仕事と比べて遜色のない水準に達している、という評価だ。

専門家の目を引く一群は内陣の外壁にある。三方をめぐって七面の浮彫が並び、主題は蘭亭曲水の宴。永和9年(353年)、王羲之らが曲がりくねった流れに杯を浮かべ、自分のところへ届くまでに詩を詠んだという集まりである。当時の教養層にはよく知られた中国の文学的画題で、それを地方の稲荷社の背面と両側面に七面にわたって彫らせたという事実は、施主が彫工に何を期待していたかを示している。

正面に回れば、向拝の兎毛通しに「波に泳ぐ龍」、梁の上に中国の故事、中備には八方をにらむ三頭の龍が据えられている。外陣の軒回りは禅宗様の尾垂木を用いた二段の三手先で、軒は二重の繁垂木。

境内は無料で参拝でき、拝殿の裏へ回るのに一分もかからない。外観の撮影に制限はない。彫刻を見るなら、北面と西面の浮彫が深い影に沈まない午前の柔らかい光の時間帯がよい。境内の二株の藤のうち一株は茨城県指定天然記念物で、見頃は5月上旬。菊まつりは10月下旬から11月下旬にかけて境内を埋める。この二つの時期は、正月三が日を除けば一年で最も混み合う。初詣の参拝者数は県内で最も多い。最寄りはJR水戸線の笠間駅で、徒歩またはタクシーで向かうことができる。

Q&A

Q笠間稲荷神社本殿は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A見学できます。料金はかかりません。指定を受けている本殿は現在の拝殿の背後にあり、境内正面からは見えませんが、拝殿の裏手に回る通路があり、そこから彫刻を間近に見ることができます。外観の撮影に制限はありません。
Q笠間稲荷神社本殿はいつ建てられ、いつ指定されたのですか。
A文化庁は万延元年9月18日付の棟札にもとづき、万延元年(1860年)としています。笠間市の解説は文久元年(1861年)の建造とします。重要文化財への指定は昭和63年(1988年)1月13日で、棟札1枚が附として指定されています。
Q笠間稲荷神社本殿にはどのような彫刻がありますか。
A内陣の外壁三方に、蘭亭曲水の宴を主題とする七面の浮彫があります。正面の向拝には波に泳ぐ龍と、八方をにらむ三頭の龍が置かれています。棟札に記された彫刻師は後藤縫之助、弥勒寺音八、諸貫萬五郎の三名です。
Q笠間稲荷神社本殿はなぜ彩色されていないのですか。
A当初からそのように造られています。総欅の素木造で、構造にも彫刻にも顔料が入っていません。文化庁はこの点を江戸時代末期の特徴として評価しています。境内正面から見える朱色は手前の拝殿のもので、指定建造物である本殿とは別の建物です。
Q笠間稲荷神社を訪ねるのに適した時期はいつですか。
A藤なら5月上旬で、二株のうち一株は茨城県指定天然記念物です。菊まつりは10月下旬から11月下旬にかけて開かれます。いずれも混雑します。彫刻をゆっくり見たい場合は、この時期を外した平日の午前が向いており、浮彫の見え方の点でも午前の光が適しています。

基本情報

名称笠間稲荷神社本殿(かさまいなりじんじゃほんでん)
所在地茨城県笠間市笠間
指定区分重要文化財(建造物) 指定番号02192 附 棟札1枚
指定年昭和63年(1988年)1月13日
員数1棟
寸法外陣(旧拝殿)桁行三間、梁間二間、入母屋造、向拝一間、軒唐破風付/内陣(本殿)桁行三間、梁間三間、背面入母屋造/本瓦形銅板葺
所有者笠間稲荷神社
公開状況境内は無料で参拝可。本殿の外観は拝殿裏手の通路から見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 笠間稲荷神社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/246
文化遺産オンライン 笠間稲荷神社本殿
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/184396
茨城県教育委員会 笠間稲荷神社本殿(附棟札1枚)
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/kuni-26/
笠間市 笠間稲荷神社本殿
https://www.city.kasama.lg.jp/page/page000222.html

最終更新日: 2026.08.06