元禄元年の建立と伝わる茅葺民家

中崎家住宅は、茨城県水戸市鯉渕町にある茅葺の民家で、家伝に元禄元年(1688年)の建立と伝えられ、昭和43年(1968年)に重要文化財に指定された。

建立年の根拠は、明治26年(1893年)に行われた修理の記録にある。そこに元禄元年建立との記述が残り、建築形式と手法もこれと矛盾しない。文化庁は江戸中期の建物とし、茨城県内の民家の基準となる遺例として価値が高いと評価している。

中崎家は中世以来この付近に住んだ地侍の後裔と伝えられる。兵農分離を経て旧鯉淵村に帰農し、以後は代々庄屋を務めた。屋敷は「堀の内」の屋号で呼ばれ、その名のとおり敷地は城館の跡にあたる。北西には鯉淵城跡の土塁と空堀が今も残っている。

指定名称にある「東茨城郡内原町」は指定当時の地名である。内原町は平成17年(2005年)に水戸市へ編入されたため、現在の住所は水戸市鯉渕町となる。

指定の理由と、調査で分かったこと

中崎家住宅の構造は、桁行13.4メートル、梁間8.2メートル、寄棟造の茅葺で、東面に板葺の庇が付く。屋根面積はおよそ245平方メートルに達する。水戸市内には古民家が他にも残るが、元禄期までさかのぼり、当初の形式を保っているものは他にない。それが指定の理由である。

建物の調査からは、もうひとつの事実が明らかになった。現在の中崎家住宅は屋根が一続きの直家に見えるが、もとは別棟造だったのである。

別棟造とは、居室部にあたる主屋と、土間の部分が、それぞれ独立した建物として接して建てられる形式をさす。平面で見ると曲屋に近い間取りになるが、成り立ちは異なる。2棟が後に一体化して現在の姿になった経緯が、部材の痕跡から読み取れたことになる。関東の民家の展開を考えるうえで、この一軒が持つ情報量は大きい。

建物の格式も注目される。中崎家がこの規模と造りの家を構えていたことから、庄屋格であったことは確実とみられている。水戸城下町の近郊農村における豪農の暮らしが、建物の側から追える。

中崎家住宅で目を向けたいところ

まず屋根である。桁行13.4メートルの寄棟造に葺かれた茅は、面積にして約245平方メートル。近づくほど、軒先で切り揃えられた茅の断面の厚みが分かる。東面には板葺の庇が別に付いており、茅と板という素材の違いが軒の高さで切り替わる。

正面に立つと、間口の広さに対して軒が低い。江戸中期の民家に共通する比率で、後の時代の農家とは印象が違う。

敷地の北西に回れば、鯉淵城跡の土塁と空堀が確認できる。かつては南の県道まで堀がめぐっていたと伝えられる。中崎家住宅が城館の跡地に建つという事実は、この家の来歴が中世まで遡ることと重なっている。

春には庭の梅が花を付ける。ただし、ここは公開施設ではなく、所有者が暮らす住まいである。見学の作法については次の節を読んでほしい。

中崎家住宅の見学方法

中崎家住宅は個人の所有で、所有者が現に生活する敷地の中にある。水戸市も水戸観光コンベンション協会も、公開日・見学時間・料金を公表していない。決まった開館日がある施設ではないと理解しておくのが正しい。

建物の外観は敷地の外から眺められる。ただし敷地内へ立ち入る場合や、団体で訪れる場合は、事前に水戸市教育委員会事務局教育部歴史文化財課の文化財係へ相談してほしい。連絡先は水戸市中央1丁目4番1号、電話029-306-8132である。

撮影についても同様で、公表された方針はない。敷地の外から建物を撮る場合でも、生活の場であることを踏まえ、居住者が写り込まないよう配慮したい。声の大きさや滞在時間にも気を配ってほしい。

最寄り駅はJR常磐線の内原駅で、中崎家住宅までは南へおよそ2.5キロ、車で10分ほどの距離にある。徒歩では30分以上かかるうえ歩道の整備された道ばかりではないため、車かタクシーが現実的である。県道沿いの案内板は小さく、見落としやすい。公開情報の有無は令和8年(2026年)9月に水戸市の公表内容で確認した。

Q&A

Q中崎家住宅は見学できますか。開館日と料金は?
A個人の所有で、所有者が生活する敷地内にあります。水戸市も観光協会も公開日・見学時間・料金を公表していません。外観は敷地の外から眺められますが、敷地内に入る場合は事前に水戸市教育委員会の歴史文化財課へ相談してください。
Q中崎家住宅はいつ建てられ、いつ重要文化財になりましたか?
A家伝では元禄元年(1688年)の建立です。明治26年(1893年)の修理記録にその記述が残ります。重要文化財の指定は昭和43年(1968年)4月25日で、指定は主屋1棟です。
Q中崎家住宅はどのくらいの大きさですか?
A桁行13.4メートル、梁間8.2メートルの寄棟造・茅葺で、東面に板葺の庇が付きます。屋根面積はおよそ245平方メートルです。
Q中崎家住宅の名称に「内原町」とあるのはなぜですか?
A指定を受けた昭和43年(1968年)当時、この場所が東茨城郡内原町だったためです。内原町は平成17年(2005年)に水戸市へ編入され、現在の住所は水戸市鯉渕町2897番地となっています。
Q中崎家住宅へは内原駅からどう行きますか?
AJR常磐線の内原駅から南へおよそ2.5キロ、車で10分ほどです。徒歩では30分以上かかり、歩道の整備された道ばかりではないため、車かタクシーをおすすめします。県道沿いの案内板は小さいのでご注意ください。

基本データ

名称中崎家住宅(茨城県東茨城郡内原町)
所在地茨城県水戸市鯉渕町2897番地
指定区分重要文化財
指定年昭和43年(1968年)
員数1棟
寸法桁行13.4メートル、梁間8.2メートル
所有者個人
公開状況個人が所有し居住する住宅で、公開日や見学時間は公表されていない。敷地内へ立ち入る場合は事前に水戸市教育委員会の歴史文化財課へ相談すること

参考文献

国指定文化財等データベース 中崎家住宅(茨城県東茨城郡内原町)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/256
水戸市 中崎家住宅
https://www.city.mito.lg.jp/site/education/4886.html
茨城県教育委員会 いばらきの文化財 中崎家住宅
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/kuni-15/
文化遺産オンライン 中崎家住宅(茨城県東茨城郡内原町)
https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/184406

最終更新日: 2026.09.06