養浩園——明治の風情を今に伝える、茨城県北の隠れた名園

茨城県常陸大宮市高部、那須街道沿いに残る古い宿場町のなかに、養浩園(ようこうえん)と呼ばれる一つの池泉回遊式庭園があります。明治時代の中期、地元の有力な酒造家・岡山仙太郎が私邸の敷地内に造営したこの庭園は、江戸期以来の宿場文化と、明治の地方経済を支えた商家文化、そして大名庭園の美意識が一つに結びついた、貴重な文化遺産です。令和4年(2022年)11月10日、文化庁から国登録記念物(名勝地関係)として登録され、隣接する3階建ての楼閣「喜雨亭(きうてい)」とともに、明治期の地方文人趣味を伝える希有な遺構として広く知られるようになりました。

大規模観光地から少し離れた山あいの里に、ひっそりと息づくこの庭園と楼閣は、訪れる人にゆったりとした時間と、明治日本の地方が放っていた洗練を感じさせてくれます。

庭園が生まれた背景

養浩園を造ったのは、岡山酒造の創業者・岡山仙太郎(1833〜1889)です。岡山家はもともと水戸藩の公許を得た紙問屋として、奥久慈の山々で生産される良質な和紙、楮(こうぞ)、葉煙草などを扱い、那須街道と常陸太田から那須烏山へ至る街道が交わるこの宿場町・高部で代々家業を営んでいました。明治6年(1873年)には、家業を酒造業に転換し、「花の友」をはじめとする清酒銘柄を平成初期まで醸造し続けました。

地域の有力商家として頭角を現した仙太郎は、自宅と酒蔵が建つ敷地内に、水戸偕楽園の好文亭を模したと伝えられる三階建ての楼閣「喜雨亭」と、それを取り囲む回遊式庭園「養浩園」を整備しました。建築・造園は明治16年(1883年)から30年(1897年)頃にかけて行われたと考えられており、地方商家の枠を超えた、極めて文化的な庭園空間が生まれました。

なぜ国の登録記念物に登録されたのか

養浩園が国登録記念物に登録された背景には、明治期の地方における庭園文化の優れた事例として、極めて高い保存状態を保っている点が挙げられます。明治期の回遊式庭園は、旧大名家や都市部の実業家、皇室関係の邸宅に残るものが多い一方で、地方の在郷商人が造営し、しかも当主の自邸・酒蔵・楼閣・庭園が一体として残る例は限られています。

面積は約3,000平方メートル。中島を浮かべた池、敷地を巡る水路、コウヤマキやヒノキ、ヒバといった針葉樹の高木、ウメの古木、ツツジ、アジサイなどが巧みに配され、庭園の南を流れる緒川と、その奥にそびえる岩山の眺望を借景として取り込んでいます。喜雨亭の二階座敷から南の縁側に立てば、池・中島・川・岩山の重なりが一枚の絵巻のように展開する、計算し尽くされた構成です。地方文人趣味の到達点を伝える、密度の高い文化的景観として高く評価されています。

魅力と見どころ

まず目を引くのが、庭門の手前に立つ三階建ての楼閣「喜雨亭」です。「喜雨亭」という名は、唐代の詩人・杜甫の名詩「春夜喜雨(しゅんやあめをよろこぶ)」に由来し、岡山家が漢詩文への深い教養を持っていたことを伝えています。木造三階建て、銅板葺きの入母屋造(創建当初は木羽葺き)。3階の壁面にはギヤマンガラスがはめ込まれ、かつては「花の友」の銘柄を象った装飾が夜間に灯され、街道筋から望見できる広告塔の役割も担っていました。明治の地方ランドマークの姿を、これほど鮮やかに今に伝える建物はそう多くありません。

2階の8畳座敷は創建時の姿をよく残し、明治期の文人・政治家として知られる野口勝一の襖絵を見ることができます。南と東に縁側が回り、ここから眺める養浩園の景観こそ、当主が客人をもてなすために細心の注意を払って整えた「絵」そのものです。1階は近年、茶室として整えられ、現代の茶の湯の場としても活用されています。

庭園に降り立つと、四季ごとにまったく違う表情を見せてくれます。春にはウメの古木やシロヤシオが白く咲き誇り、初夏は新緑とアジサイ、秋はモミジが池面に紅葉を映し、冬には池の表面が凍ります。かつては凍った池の上で、近隣の子どもたちが下駄スケートに興じたという、暖かい記録も残されています。岡山家は、偕楽園が広く民に開かれていたことに倣って、この庭を地域の人々にも開放していたのです。

周辺の高部宿の町並み

養浩園が位置する高部宿は、江戸時代を通じて和紙・楮・葉煙草・材木などの集散地として栄え、現在も当時の地割りをほぼそのまま残す貴重な歴史的町並みです。岡山酒造の真向かいには、同じく国登録文化財の洋館「間宮家住宅」がたたずみ、その近くには國松酒造の重厚な酒蔵、大森家の長屋門、平塚家の近代住宅など、街道沿いに古建築が密集しています。短い区間に明治・大正・昭和初期の多様な建築様式が連なる景色は、ゆっくりと歩いて楽しみたい場所です。

訪問について

養浩園および喜雨亭は岡山家の私有財産であり、通常は非公開です。しかし、地域の有志による「森と地域の調和を考える会」と特定非営利活動法人「美和の森」が、年に数回、特別公開日を設けています。過去の公開日には、ガイド付きツアー(1回約1時間)と解説書付きで、観覧料は1人500円(中学生以下は無料)として運営されてきました。

公開日や時間は年によって変動するため、訪問を計画する際は、事前に美和の森(電話: 0295-58-3812)へお問い合わせのうえ、最新の公開予定をご確認ください。アクセスは自家用車が便利で、駐車場は道路を挟んだ向かい側に用意されています。

周辺のおすすめスポット

常陸大宮市は山と川の自然に恵まれた地域で、歴史と食を一日かけて楽しめます。300年以上の歴史を誇る手漉き和紙「西ノ内紙」を学べる「紙のさと」では、岡山家の繁栄を支えた和紙文化の源流に触れることができます。久慈川沿いの「道の駅常陸大宮 〜かわプラザ〜」では、夏なら鮎の塩焼き、地元の新鮮な野菜や名物のえごま料理を味わえます。庭園散策のあとには「やまがたすこやかランド三太の湯」で温泉に浸かるのも一興です。少し足を延ばせば、養浩園のモデルとなった水戸の偕楽園・好文亭まで車で1時間半ほどで到達できます。あわせて訪れると、養浩園が憧れた美意識の原点を体感できるでしょう。

Q&A

Qいつでも自由に見学できますか?
Aいいえ。岡山氏庭園(養浩園)と喜雨亭は個人所有の文化財で、通常は非公開です。地域の保存団体が年に数回設ける特別公開日にのみ見学が可能です。訪問前に必ず最新の公開予定と観覧料をご確認ください。
Qどの季節がおすすめですか?
Aどの季節も独自の趣がありますが、ウメやシロヤシオ、ツツジが美しい春、モミジが池面を彩る秋が特に人気です。公開日も春と秋に設定されることが多いため、訪問計画の参考にされるとよいでしょう。
Q「喜雨亭」という名前の由来は何ですか?
A唐の詩人・杜甫の名詩「春夜喜雨」に由来します。万物を潤す春の雨を喜ぶというこの詩から名を借りた点に、岡山家の漢詩文への教養と、地域に文化の雨を降らせたいという思いを読み取ることができます。
Q偕楽園の好文亭とどう関係しているのですか?
A喜雨亭は水戸藩の偕楽園にある好文亭を模して造られたと伝えられています。偕楽園が藩主・徳川斉昭によって民にも開かれた庭園であった精神を受け継ぎ、養浩園もまた近隣住民に開放された、地域に開かれた庭園として運営されました。
Q東京からのアクセスは?
A電車の場合、JR常磐線で水戸駅、水郡線に乗り換えて常陸大宮駅へ。そこから高部地区まではタクシーまたはレンタカーが便利です。自家用車では常磐自動車道・那珂ICから約16km、東京中心部からは2時間半〜3時間程度を見込んでおくとよいでしょう。

基本情報

名称 岡山氏庭園(養浩園)
指定種別 国登録記念物(文化庁)
登録年月日 令和4年(2022年)11月10日
造営時期 明治時代中期(明治16年〜30年頃/1883〜1897年頃)
造営者 岡山仙太郎(1833〜1889)/岡山酒造創業者
庭園様式 池泉回遊式庭園
面積 約3,000平方メートル
関連建造物 旧岡山酒造養浩園喜雨亭(国登録有形文化財・建造物/令和4年6月29日登録)
所在地 〒319-2601 茨城県常陸大宮市高部3970
アクセス(公共交通) JR水郡線・常陸大宮駅からタクシーで約30〜40分
アクセス(車) 常磐自動車道・那珂ICから約16km
公開状況 通常非公開。地域の保存団体による特別公開日のみ見学可
お問い合わせ NPO法人 美和の森(電話: 0295-58-3812)

参考文献

岡山氏庭園(養浩園)— 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/550318
岡山氏庭園(養浩園)— 茨城県教育委員会
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-32428/
【国登録文化財】高部宿岡山家の養浩園・喜雨亭をご紹介します — 常陸大宮市公式ホームページ
https://www.city.hitachiomiya.lg.jp/kurashi_gyousei/kankou_bunka/history/bunkazai/page010411.html
旧岡山酒造養浩園喜雨亭 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/545901
高部宿の町並み — 常陸大宮市ふるさと文化で人と地域を元気にする事業
https://www.hitachiomiya-furusatobunka.com/自然-景観/高部宿の町並み/
養浩園(岡山家住宅庭園)— 広報常陸大宮 令和3年4月号
https://www.city.hitachiomiya.lg.jp/data/doc/1619403523_doc_1_0.pdf
好文亭 — 日本三名園 偕楽園 公式サイト
https://ibaraki-kairakuen.jp/kobuntei/

最終更新日: 2026.05.04