建築面積27平方メートルの構え

やます坂下家住宅洋館は、香川県小豆郡小豆島町の坂ノ山に建つ大正11年(1922年)建築の木造2階建の洋館で、平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建築面積は27平方メートル。同じ屋敷地の3棟のなかで最も小さい。主屋は131平方メートル、長屋門は111平方メートルあるから、面積では比較にならない。それでも文化庁の解説文が「地域のランドマーク」と記すのはこの洋館である。平面で足りない分を、高さで取り返している。

桁行はおよそ4メートル、梁間は6メートル。東西に棟を置き、主屋の西端に接して建つ。この小さな平面の上に2層が立ち上がり、急傾斜の切妻屋根が載る。周囲の建物がおおむね平屋で横に長いなかで、輪郭だけが縦に伸びている。国指定文化財等データベースはこの姿を「たちの高い形姿」と表現する。

緑のフランス瓦

記憶に残るのは屋根である。緑色に釉薬をかけたフランス瓦が、周囲の瓦屋根よりはるかに急な勾配の切妻を覆う。

フランス瓦は明治期にヨーロッパの建築技術とともに日本に入った。曲面を重ねて葺く桟瓦と違い、成形された溝で隣の瓦と噛み合う構造をもつため、急勾配に対応でき、仕上がりは平滑で機械的になる。国内での製造は早い時期に始まり、大正期には色物も焼かれていた。灰色と黒の屋根が続く島で、緑の屋根は選択の結果である。

外壁はモルタル塗。当時の小規模な洋館が標準的に用いた仕上げで、石造より安く早く、離れて見れば石積みらしく読める。内部については、建具や天井の中心飾りなどを洋風の意匠でまとめると記録されている。この広さの部屋に天井中心飾りを入れるのは、意識的な選択である。ヨーロッパの応接間の語彙を縮尺し、瀬戸内の島の商家に嵌め込んでいる。

和洋の折衷を試みた形跡はない。徹底して日本的な住宅の端に、完結した小さな洋室が接ぎ木されていて、接合部は隠されていない。

大正11年に洋館を建てるということ

小豆島の醤油醸造は、この洋館が建った時点ですでに300年を超える蓄積があった。最も収益が上がったのが1900年前後の数十年である。16世紀末に赤穂から移った人々が始めた製塩が醸造へ移行し、最盛期には島内に数百軒の醸造所があったとされる。醸造家はそれに見合う家を建てた。安田から坂手にかけての一帯、現在「醤の郷(ひしおのさと)」として案内される範囲には、蔵だけでなく、その商いが支払った住まいが残る。

大正期、日本家屋の一部に小さな洋室を付け足すことは、家の格を示す方法として定着していた。外部の客を迎える応接の場として使われ、家族の生活空間とは分けられ、座布団ではなく椅子が置かれた。島内の登録建造物には同種の洋館が複数あり、隣の集落のヤマサン醤油の屋敷にも1棟が登録されている。

坂下家の屋敷は14年をかけて三段階で整えられた。明治41年(1908年)に長屋門。大正6年(1917年)に主屋、木造平屋建で、外部は真壁造とし壁を黒漆喰で仕上げる。そして大正11年に洋館。この順序を島の産業史に重ねると、読み取れることは単純である。商いの最も良い時期に着実に建て継ぎ、最後に、いちばん遠くまで届く一棟を置いた。

名称にも情報がある。「やます」は屋号、商家が商標として用いた家印で、これに姓の「坂下」が続く。この斜面の登録物件には同じ形の名前が並ぶ。キッコ石石井家、山吉山本家、金両藤井家、正金藤井家。組み合わせのひとつひとつが醸造家の名である。

登録が評価したもの

洋館の登録番号は37-0251、第45回登録で、平成17年2月28日に告示された。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、長屋門と同じである。この基準は本件に特によく当てはまる。文化庁の解説文は、たちの高い形姿が一際目立ち、地域のランドマークとなっていると結んでいる。目立つことそれ自体を理由に登録される建物があり、これはその一例である。

登録制度は、日本の建造物保護の二本立てのうち、規制のゆるやかなほうにあたる。平成8年(1996年)に発足し、所有者は現状変更を許可ではなく届出で行い、税制上の優遇と技術的な助言を受け、使い続けることを前提とする。同じ屋敷地の主屋は「造形の規範となっているもの」という別の基準で登録されており、評価の観点が異なる。主屋は造りそのものを、洋館と長屋門は景観への寄与を見られている。

3棟は同じ日に登録された。まとめて見れば、地方の醸造家が自らをどう住まわせたかの記録になる。一棟ずつ切り離すより、群として読むほうが情報量が多い。

敷地に入らずに見る

屋敷は個人の住宅で、いずれの建物も公開されていない。拝観料も公開期間もなく、洋館の内部を見学することはできない。訪問者にとっての価値は完全に外観にあるが、この建物に限っては損失が小さい。緑の屋根と高い切妻は、そもそも外から見られることを前提に造られた部分で、どちらも公道からはっきり読み取れる。

小豆島オリーブバス坂手線の「丸金前」で下車する。マルキン醤油記念館に隣接するバス停で、そこから山側へ約1キロ、15分から20分の登りになる。案内標識のある「馬木散策路」が同じ集落を通っており、これをたどるのが自然な経路である。散策路は現役の醸造所を結んでいて、予約制のガイドツアーもあるが、案内対象は蔵であってこの屋敷ではない。

公道からの撮影に制限はない。敷地内のアプローチには立ち入らず、庭には入らず、窓越しに撮ることは避けたい。同時代の内部を実際に見たい場合は、坂を下って10分ほどのマルキン醤油記念館がある。大正初期の圧搾工場を転用した建物で、平成8年に登録された。開館はおおむね9時から16時、有料で、季節による延長がある。時間は変動するため事前に確認したい。

住所を照合する際の注意点をひとつ。文化庁のデータベースは所在地を「苗羽字坂ノ山甲291-2」と記すが、香川県教育委員会の登録有形文化財一覧では同じ地番を「馬木字坂ノ山甲291-2」としている。地図上の位置は馬木散策路の一帯にあたる。

Q&A

Qやます坂下家住宅洋館は内部を見学できますか。
Aできません。個人所有の住宅の一部で、公開されたことはありません。拝観料や公開期間の設定もありません。緑の瓦屋根を含む外観は公道から見ることができます。
Qやます坂下家住宅洋館はいつ建てられましたか。
A大正11年(1922年)の建築です。同じ屋敷地では明治41年(1908年)の長屋門、大正6年(1917年)の主屋に続く3棟目にあたります。登録は平成17年(2005年)2月9日、登録番号37-0251です。
Qやます坂下家住宅洋館の特徴は何ですか。
A急傾斜の切妻屋根に緑色のフランス瓦を葺き、外壁をモルタル塗とし、建築面積27平方メートルの平面に2層を積む点です。内部は建具や天井中心飾りを洋風意匠でまとめますが、見学はできません。
Qやます坂下家住宅洋館へはどう行けばよいですか。
A小豆島オリーブバス坂手線「丸金前」下車、山側へ徒歩約1キロ、15分から20分です。坂手港から車で数分、草壁港から10分前後の位置になります。
Qやます坂下家住宅洋館は、なぜ洋風に造られたのですか。
A大正期には、日本家屋に小さな洋室を付け足すことが家の格を示す方法として定着しており、外部の客を迎える応接の場として使われました。小豆島の醤油醸造がこの時期に最も収益を上げていたことも背景にあり、島内の登録建造物には同種の洋館が複数残っています。

基本情報

名称やます坂下家住宅洋館(やますさかしたけじゅうたくようかん)
所在地香川県小豆郡小豆島町苗羽字坂ノ山甲291-2(香川県教育委員会の一覧では馬木字坂ノ山甲291-2)
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 37-0251/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成17年(2005年)2月9日登録、同年2月28日告示(第45回登録)
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積27平方メートル、桁行約4メートル、梁間約6メートル
所有者個人
公開状況非公開(公道から外観のみ)

参考文献

国指定文化財等データベース — やます坂下家住宅洋館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004659
文化遺産オンライン — やます坂下家住宅洋館
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195659
国指定文化財等データベース — やます坂下家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004657
国指定文化財等データベース — やます坂下家住宅長屋門
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004658
香川県教育委員会 — 香川県内の登録有形文化財
https://www.pref.kagawa.lg.jp/kenkyoui/shogaigakushu/bunkazai/culturalassets/culturalassets_16.html
小豆島町 — 醤の郷の近代化産業遺産群
https://www.town.shodoshima.lg.jp/kanko/other_info/tradition/bunkazai/3476.html
マルキン醤油記念館 — 見学案内
https://marukin.moritakk.com/kinenkan/

最終更新日: 2026.08.09