長く保つために、容易には再現できないつくりの小さな蔵

苗羽(のうま)の石井家屋敷で、離れ屋の西方に建つ蔵は、見落としてしまいそうなほど小さい。建築面積はおよそ二十二平方メートル。それでいて、石井家の七棟のなかで最も厳しい登録基準を負っている。多くが歴史的景観への寄与で登録されたのに対し、大正4年(1915年)に建てられたこの土蔵は「再現することが容易でないもの」として認められた。理由は仕事の質にある。その表面のほとんどが、今では応じられる者の少ない技法で、熟練の手によって仕上げられている。

壁の仕上げが教えるもの

これは土蔵、すなわち厚い防火の壁を持つ蔵で、妻入りの二階建てとし、妻側から入る。大きさは控えめで、桁行二間半、梁間二間ほど。屋根は切妻造、本瓦葺とする。本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に並べる古い格式の葺き方である。

この建物が登録に値する所以は壁にある。目が上へ昇るにつれて壁の表情が変わるからである。石の土台の上、下方の帯は海鼠壁(なまこかべ)。平瓦を平らに伏せ、その上に漆喰の目地を白く盛り上げて格子に走らせる仕上げで、海鼠に似た姿からその名がある。雨を流す働きと文様の両面で重んじられてきた。その下の腰は焼杉の縦板張り。焼いた杉板を縦に張り、炭化した表面が腐りや火に対する自然の守りとなる。さらに上、上部の壁と軒鉢巻は白漆喰で塗る。高窓まわりの縁取りはとりわけ丁寧に仕上げられている。

蔵は、面が緩く弛んで反る石の基壇の上に建つ。職人が縄弛みと呼ぶ、たるんだ縄のような線で、石積みに柔らかく生きた縁を与える。その基壇に持ち上げられて、小さな蔵はその大きさをはるかに超えて際立っている。

登録の理由と、見るべきところ

土蔵は平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財となった。登録番号は37-0245、同日登録の石井家七棟のうちの一棟である。その基準「再現することが容易でないもの」は、材料や手仕事を容易に置き換えられない建物に適用されるものである。石井家のなかで、景観上の位置づけではなく、つくりそのもので選ばれた建物がこれである。

裕福な家にとって蔵は大切だった。木造の町をときに襲った火災から財を守る場であったからである。厚い土壁、焼板、瓦の格子はいずれもその目的に資するが、石井家ではその仕上げに、機能だけが求める以上のものを注いだ。結果として、この一棟の小さな建物に、明治末から大正にかけての蔵の技法が手本のように凝縮されている。

訪れる人にとって、これはひと目で捉える建物ではなく、近づいて細部を読む建物である。壁の三つの帯を見つけ、それぞれの名を覚えたい。腰は焼板、その上は白い瓦の格子、頂は滑らかな白漆喰。石積みの基壇が柔らかな曲線で弛むさまも見たい。ここでの楽しみは細部にあり、素っ気なく見える箱がどれほどの技を抱えているかに気づくことにある。

蔵は私有で内部は公開されていない。外から眺めるにとどめたい。小豆島の醤油蔵の世界を間近に見たければ、近くのマルキン醤油記念館が一般公開されており、醤の郷(ひしおのさと)の散策路が苗羽の通りに並ぶこうした建物のそばを通っている。

Q&A

Qこの小さな建物が特別とされるのはなぜですか。
A石井家で唯一「再現することが容易でないもの」として登録された建物だからです。容易に置き換えられない手仕事に与えられる基準で、層をなす壁の仕上げや丁寧な細部が、小ささに反して近くで見る価値を持ちます。
Q海鼠壁とは何ですか。
A平瓦を平らに伏せ、その上に白い漆喰の目地を盛り上げて格子状に走らせた壁の仕上げです。雨をよく流し、海鼠に似た姿からその名がつきました。
Q下方の黒い板は何ですか。
A焼杉です。表面を焼いた杉板で、炭化した層が腐りや火を防ぎます。この地方では蔵や住宅の腰壁に用いられてきた伝統的な張り方です。
Q土蔵とは何ですか。
A厚い土壁を漆喰で塗り、火に強くつくった蔵です。裕福な家は、木造の町に広がりがちな火災から財を守るためにこれを用いました。
Q石の基壇の曲線は何ですか。
A縄弛みと呼ばれる、たるんだ縄のように緩く反る積み方です。石積みの線を和らげ、小さな蔵を持ち上げて、独立した仕上がりの建物として見せています。

基本情報

名称キッコ石石井家住宅土蔵
所在地香川県小豆郡小豆島町苗羽字坂ノ山甲262
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号37-0245
登録年月日平成17年(2005年)2月9日(告示2月28日)
登録基準再現することが容易でないもの
建築年大正4年(1915年)
員数1棟
構造土蔵造2階建、瓦葺、建築面積約22平方メートル、石垣付
公開状況私有・内部非公開。外観見学のみ

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース キッコ石石井家住宅土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004653
醤の郷(ひしおのさと)を歩く 小豆島(うどん県旅ネット)
https://www.my-kagawa.jp/shodoshima/feature/shodoshima/beauty3
小豆島町 讃岐の醤油醸造技術について
https://www.town.shodoshima.lg.jp/gyousei/kakuka/shogaigakushuka/2/5909.html
香川県 香川県内の登録有形文化財
https://www.pref.kagawa.lg.jp/kenkyoui/shogaigakushu/bunkazai/culturalassets/culturalassets_16.html

最終更新日: 2026.06.25