坂の上に建つ黒漆喰の主屋

醤油の町・苗羽(のうま)の山裾に、石垣の擁壁が石井家の屋敷地を斜面に対して支えている。その段状の敷地のうち、北方の最も高い場所に建つのが主屋である。大正元年(1912年)の建築で、木造平屋建ての住まい。軒下の小壁や外壁を黒漆喰で仕上げており、建物全体に黒く重厚な存在感を与えている。この色の選び方が、すぐに記憶に残る一棟にしている。

ここは、キッコ石の銘を醤油に冠した一族の住まいであった。醸造は斜面の下手で行われ、住まいはその上に構えて、家業の働きを見下ろす位置にあった。

主屋のつくり

主屋は東西に棟を通し、敷地上手の頂に長い屋根をかける。屋根は入母屋造、桟瓦で葺き、四周には下屋(げや)と呼ぶ庇状の差し掛けをめぐらす。この下屋が軒先を地面近くまで低く下ろし、建物に幅広く落ち着いた構えを与えている。平面は桁行およそ十六メートル、梁行十メートルの規模である。

内部は東西で明確に分かれる。東方は土間で、働く家にあっては屋外と屋内のあいだの場として、出入りや、固い床に向いた仕事に使われた。西方は床を上げ、板を張った床上部を居室とする。土と上げ床のこの分け方は、日本の農家にも商家にも通じる古い構成の原理であり、ここでも間取り全体を形づくっている。

黒漆喰がこの建物の眼目である。黒漆喰は顔料や煤を漆喰に混ぜて練るもので、ふつうの白い仕上げよりも左官の手間を要する。軒下の小壁や外壁にこれを用いることには明確な意図が読み取れ、明るさよりも重みを選んだことが分かる。主屋に、品位のある、いくぶん厳しい表情を与えているのはこの黒である。

登録の理由と、見るべきところ

主屋は平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財となった。同日に登録された石井家の七棟のうちの一棟で、登録番号は37-0242。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。重要文化財の指定ではなく登録であるため、緩やかな保護のもとで私有のまま、価値を認められつつも凍結されることなく残されている。

その価値は、ひとそろいで残る醸造屋敷の要であるという点にある。小豆島の醤油家はしばしば、住宅・門・蔵・醸造場を斜面に合わせた一連の構成として築いた。石井家の屋敷はその配置を読み取れる形で今に残る。主屋はその居住の頂点に位置し、下の段に並ぶ長屋門、離れ屋、土蔵、醤油蔵の上に構えている。

訪れる人にとっての見どころは外観にある。黒漆喰を見て、見慣れた農家風の輪郭が黒によってどう趣を変えるかを確かめたい。四周をめぐる低い下屋を目で追い、そのまま石垣を坂下へとたどると、主屋が単独でではなく働く屋敷の頭に構えていることに気づく。住まいと醸造場との関係こそ、この建物の要点である。

主屋は私邸であり一般には公開されていない。今も人の住まいである点に配慮し、外から眺めるにとどめたい。この世界の建物に屋内から触れたければ、近くのマルキン醤油記念館が一般に公開されており、醤の郷(ひしおのさと)の散策路が苗羽の醸造の通りを縫って続いている。

Q&A

Q主屋は見学できますか。
Aいいえ。私邸であり内部は公開されていません。公道から外観を眺めることはでき、黒漆喰や全体の構成はそこからよく分かります。
Q壁の黒い仕上げは何ですか。
A黒漆喰です。煤や顔料を混ぜて黒く練った漆喰で、白い仕上げよりも手間がかかります。これにより主屋は黒く重厚な外観となり、周囲の建物とは異なる趣を見せます。
Q床の一部が土間なのはなぜですか。
A東方は土間で、出入りや家事に使われました。西方は床を上げて板を張り、居室としています。土間と上げ床の分けは、古い日本の住宅に長く見られる構成です。
Qいつ建てられたのですか。
A大正元年(1912年)です。屋敷の居住の中心であり、他の建物は明治・大正・昭和初期にわたります。
Q主屋と醤油業はどう関わっていますか。
A家族はここに住み、醸造は同じ段状の敷地の下手で行われました。主屋は坂の上に位置し、門・離れ・蔵・醸造場の上に構えるため、屋敷全体がひとつの醤油醸造の場として読み取れます。

基本情報

名称キッコ石石井家住宅主屋
所在地香川県小豆郡小豆島町苗羽字坂ノ山甲262
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号37-0242
登録年月日平成17年(2005年)2月9日(告示2月28日)
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
建築年大正元年(1912年)
員数1棟
構造木造平屋建、瓦葺、建築面積約158平方メートル。平面は桁行約16メートル、梁行約10メートル
公開状況私邸・内部非公開。外観見学のみ

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース キッコ石石井家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004650
文化遺産オンライン キッコ石石井家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189380
醤の郷(ひしおのさと)を歩く 小豆島(うどん県旅ネット)
https://www.my-kagawa.jp/shodoshima/feature/shodoshima/beauty3
小豆島町 讃岐の醤油醸造技術について
https://www.town.shodoshima.lg.jp/gyousei/kakuka/shogaigakushuka/2/5909.html

最終更新日: 2026.06.25