通りから後退して建つ腕木門

鮫島博家住宅門は、鹿児島県南さつま市加世田武田の加世田麓にある明治前期の木造の門で、平成24年(2012年)8月13日に国の登録有形文化財となった。敷地の北西、通りから少し後退した位置に建つ。

間口1.8メートルの腕木門で、屋根は切妻造の桟瓦葺。左右には袖塀が折れ曲がりながら延びる。柱の上部に差した腕木で小屋根を支える腕木門は、加世田麓の屋敷の門として典型的な形で、敷地の境から少し下げて開くのが麓の通例とされる。鮫島博家住宅門はその型をよく守っている。

格子と反りと下見板

細部に手がかけられている。門の楣(まぐさ)の上には格子を組み、屋根の垂木には反りをもたせる。直線だけで組むのではなく、軒先にわずかな曲線を加えることで、小さな門に品が出る。

袖塀は、腰の部分を簓子(ささらこ)で押さえた下見板張とし、上部を竪板張とする。下見板は横に重ねた板を、刻みを入れた縦の押さえ材で留める仕上げで、上下で板の向きが変わる。文化庁の解説は、この風格あるつくりが武家住宅の風情を伝えると評している。

門の外側を囲む石塀、門の後方の牆壁、そして袖塀が一体となって入口をつくる。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

見どころ

通りから鮫島博家住宅門を見るときは、門の奥行きに注目したい。通りの線から門が下がっているため、石塀と袖塀が門に向かって折れ込む形が生まれている。垂木の反りは軒先を横から見るとよく分かる。

見学について

鮫島博家住宅門は個人の住宅の入口で、門の内側は公開されていない。外観は通りから見ることができるが、門をくぐって敷地に入ることは控えたい(2026年9月確認)。屋敷への行き方は鮫島博家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q鮫島博家住宅門はどんな形式の門ですか?
A間口1.8メートルの腕木門で、切妻造の桟瓦葺です。左右に袖塀が折れ曲がって延びています。
Q鮫島博家住宅門の袖塀の仕上げは?
A腰の部分を簓子下見板張、上部を竪板張としています。
Q鮫島博家住宅門は道路から見えますか?
A見えます。敷地の北西、通りから少し下がった位置に建ち、外観を道路から見ることができます。敷地内には入れません。
Q鮫島博家住宅門はいつのものですか?
A明治前期の建築とされ、平成24年(2012年)8月13日に登録有形文化財となりました。
Q鮫島博家住宅門の細部の見どころは?
A楣の上に組んだ格子と、反りをもたせた垂木です。袖塀の下見板張と竪板張の切り替えにも注目できます。

基本情報

名称鮫島博家住宅門(さめしまひろしけじゅうたくもん)
所在地鹿児島県南さつま市加世田武田17824-1
指定区分登録有形文化財(建造物・その他工作物)、登録番号46-0104
指定年平成24年(2012年)8月13日登録
員数1棟
寸法木造、瓦葺、間口1.8メートル、左右袖塀付
所有者個人(非公表)
公開状況非公開(個人住宅。外観は道路から見学可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):鮫島博家住宅門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009412
日本遺産ポータルサイト(文化庁):鮫島博家住宅
https://www.japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4680/
薩摩の武士が生きた町(日本遺産魅力発信推進協議会):鮫島博家住宅
https://kagoshima-fumoto.jp/minamisatsuma/%E9%AE%AB%E5%B3%B6%E5%8D%9A%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85/
国指定文化財等データベース(文化庁):南さつま市加世田麓
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/103/00000125
薩摩の武士が生きた町(日本遺産魅力発信推進協議会):加世田麓
https://kagoshima-fumoto.jp/minamisatsuma/
南さつま市観光協会:加世田麓まち歩きマップ(PDF)
https://kanko-minamisatsuma.jp/wp-content/uploads/2018/03/feature-kasedamachiaruki.pdf

最終更新日: 2026.09.25