濱田家住宅(旧増田屋)主屋とは

濱田家住宅(旧増田屋)主屋は、高知県安芸郡奈半利町乙1751の旧道沿いに建つ江戸時代末期の商家の主屋で、平成12年(2000年)10月18日に登録有形文化財に登録された。読みは「はまだけじゅうたく(きゅうますだや)しゅおく」。

文化庁の解説によれば、この家は寛政7年(1795年)の創業で、造り酒屋と質屋を営んだ。濱田家住宅(旧増田屋)主屋はその店と住まいを兼ねた建物で、登録番号は39-0014、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

登録の理由:奈半利の商家建築の代表例

濱田家住宅(旧増田屋)主屋は木造2階建で、間口約10メートル、奥行約15メートル、建築面積は167平方メートルある。屋根は切妻造の桟瓦葺で、棟と平行な長い面を道に向けた平入とし、正面には下屋の庇を張り出す。

文化庁は、西の妻面と正面2階に水切瓦を付けた意匠を挙げ、濱田家住宅(旧増田屋)主屋を奈半利の商家建築の代表的な一例と評価している。旧道に面して2階建の大きな商家が構えを見せることが、町並みの景観をつくる力になっている。

見どころ:西の妻面と正面2階の水切瓦

水切瓦は、壁の途中に段を重ねて取り付ける細い瓦の庇である。台風の多い土佐では、壁を伝う雨水をここで切り、塗り壁が流されるのを防ぐ。段の数や長さは家ごとに違い、家の格を示す飾りの意味もあったと言われる。

濱田家住宅(旧増田屋)主屋では、屋根の三角形がそのまま見える西の妻面と、通りに向いた正面2階の壁にこの瓦が付く。2階の壁の高さに瓦の線が水平に何本走っているかを数えてみると、手間をかけた仕事ぶりが分かる。

建てられた年代には二つの見方がある。文化庁は江戸時代末期(1830〜1867年)とするが、三浦要一の論文(2005年)は濱田家住宅(旧増田屋)主屋を明治36年(1903年)の建築としている。どちらが正しいかを決める資料は見つからなかった。

見学方法

濱田家住宅(旧増田屋)主屋は個人の住まいで、内部は公開されていない。見学は旧道から見える外観に限られる。平入の正面が道に向いているため、下屋の庇と正面2階の水切瓦は道から見やすい。

西の妻面は隣地との位置関係によって見え方が変わるので、無理に敷地へ近づかず、道から見える範囲で眺めたい。住む人の出入りの妨げにならないよう、濱田家住宅(旧増田屋)主屋の戸口の前では立ち止まらないこと。

Q&A

Q濱田家住宅(旧増田屋)主屋はいつの建物で、いつ登録されましたか?
A文化庁は江戸時代末期の建物としており、平成12年(2000年)10月18日に登録有形文化財に登録されました。三浦要一の論文は明治36年(1903年)の建築としています。
Q濱田家住宅(旧増田屋)主屋はどのような商家でしたか?
A文化庁の解説によれば、寛政7年(1795年)に創業し、造り酒屋と質屋を営んだ商家です。屋号が増田屋でした。
Q濱田家住宅(旧増田屋)主屋の大きさと構造は?
A木造2階建、切妻造・桟瓦葺の平入で、間口約10メートル、奥行約15メートル、建築面積は167平方メートルです。
Q濱田家住宅(旧増田屋)主屋の見どころは?
A西の妻面と正面2階に付いた水切瓦です。壁を伝う雨水を切って塗り壁を守る土佐の工夫で、文化庁はこの意匠を評価しています。
Q濱田家住宅(旧増田屋)主屋の中は見学できますか?
A個人の住まいのため内部は公開されていません。旧道から外観を眺めることはできます。

基本情報

名称濱田家住宅(旧増田屋)主屋
所在地高知県安芸郡奈半利町乙1751
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成12年(2000年)10月18日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積167平方メートル
所有者記載なし(文化庁データベースの所有者欄は空欄)
公開状況非公開(外観は道路から見える範囲で)

参考文献

濱田家住宅(旧増田屋)主屋(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001964
濱田家住宅(旧増田屋)主屋(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/114844
国登録有形文化財<建造物>(高知県 歴史文化財課)
https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/2023062200186/
三浦要一「歴史的町並み・在郷町の形成とその近代化」日本家政学会誌56巻12号(2005年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej1987/56/12/56_12_909/_article/-char/ja

最終更新日: 2026.10.16