河合家住宅築地塀とは

河合家住宅築地塀は、京都府長岡京市粟生梶ケ前の河合家住宅で主屋の座敷の前庭を囲む江戸後期(1751〜1830年)の築地塀で、平成23年(2011年)に登録有形文化財に登録された。読みは「かわいけじゅうたくついじべい」。

河合家住宅築地塀は庭をL字形に囲み、隅で折れ曲がって延長は10mになる。野面の石を積んだ野積の石垣の上に築かれた土塀で、壁を漆喰で仕上げ、上部を桟瓦葺とする。棟は低い熨斗積である。

河合家住宅築地塀が登録された理由

河合家住宅築地塀の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

文化庁の解説が強調するのは、河合家住宅築地塀の高さである。塀の高さを低く抑え、主屋の座敷から庭越しに醍醐の山並みを望めるように配慮されているという。醍醐は京都盆地の東の縁にあたる山地で、西山の麓にある河合家住宅からは盆地をはさんだ向こう側になる。囲いでありながら眺めを閉ざさないよう、塀の高さそのものが計画されている。

河合家住宅築地塀の見どころ

河合家住宅築地塀は、石垣・土の壁・瓦の屋根という三つの層でできている。足もとの石垣は、加工しない石を積んだ野積で、その上に土の壁が立ち、白い漆喰で仕上げられる。

上部は桟瓦で葺き、棟は熨斗瓦を重ねた熨斗積とする。熨斗を高く積めば塀は重々しくなるが、河合家住宅築地塀ではこれを低くとどめている。低い熨斗積は、解説にある眺望への配慮とも一致する。

座敷の前で庭をL字に囲む配置は、主屋の北の列にある座敷と組になっている。表の街道側の表門及び高塀が大正期であるのに対し、河合家住宅築地塀は主屋と同じ江戸後期のもので、屋敷の奥にある接客の庭の囲いは江戸後期にさかのぼる。

河合家住宅築地塀の見学

河合家住宅築地塀は主屋の座敷前の庭を囲んでおり、個人の住まいの一部として公開されていない(2026年10月時点で公開の案内は見当たらない)。

座敷から醍醐の山並みを望む眺めは、住まいの内側からのものである。街道から河合家住宅築地塀が見えるかは確認できていない。屋敷全体の配置と行き方は、河合家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q河合家住宅築地塀はいつ築かれましたか?
A江戸後期(1751〜1830年)の築造で、平成23年(2011年)1月26日に登録有形文化財に登録されました。
Q河合家住宅築地塀の長さと形は?
A主屋の座敷前の庭をL字形に囲み、隅の折れ曲がりを含めた延長は10mです。
Q河合家住宅築地塀はどのような構造ですか?
A野積の石垣の上に築いた土塀で、壁を漆喰で仕上げ、上部を桟瓦で葺き、棟を低い熨斗積としています。
Q河合家住宅築地塀はなぜ低いのですか?
A文化庁の解説によれば、主屋の座敷から庭越しに醍醐の山並みを望めるよう、高さを低く抑えて配慮されています。
Q河合家住宅築地塀は見学できますか?
A座敷前の庭を囲む塀で、個人の住まいの一部として非公開です。

基本情報

名称河合家住宅築地塀
所在地京都府長岡京市粟生梶ケ前19
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2011年1月26日(平成23年)登録
員数1棟
寸法延長10m
所有者個人
公開状況非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)河合家住宅築地塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008512
文化遺産オンライン 河合家住宅築地塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/169688
長岡京市 長岡京市文化財保存活用地域計画 第3章(PDF)
https://www.city.nagaokakyo.lg.jp/cmsfiles/contents/0000013/13098/04_3syou.pdf

最終更新日: 2026.10.15