葛野常喜家住宅主屋とは

葛野常喜家住宅主屋は、滋賀県大津市葛川坊村町にある天保14年(1843年)建築の住宅で、平成14年(2002年)に登録有形文化財に登録された。木造平屋建、入母屋造の茅葺屋根を鉄板で仮に覆った建物で、建築面積は132㎡である。

代々明王院の信徒総代を務めた葛野常喜家の住まいで、若狭街道から明王院の参道へ入る角地にあり、参道を挟んで旧政所の葛野常満家と向かい合う。葛野常喜家住宅主屋は、その屋敷の中心になる建物である。

葛野常喜家住宅主屋が登録された理由

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、文化庁は葛野常喜家住宅主屋を、明王院門前集落の景観形成に欠かせない建物と評価した。

解説が具体的に挙げる特徴は、土間の大戸の脇に構えた式台である。式台は玄関先に一段高く設けた板敷で、改まった客を迎えるための設えとされる。農家の外観をもつ家に式台がある点は、信徒総代という家の立場と重ねて考えたくなるが、両者の関係を文化庁が説明しているわけではない。

葛野常喜家住宅主屋の見どころ

葛野常喜家住宅主屋の正面には、土間に通じる大戸と、その脇の式台という二つの入口が並ぶ。日々の出入りと改まった来客とで入口を使い分けたとみられる構えで、外観が農家風であるだけに、式台の存在がよく効いている。

屋根は入母屋造で、茅葺を鉄板で包んでいる。天保14年という建築年は、参道の向かいの葛野常満家住宅主屋(天保年間)とほぼ同じ時期にあたる。19世紀前半の門前では、よく似た入母屋の主屋が参道の両側に並んでいたことになる。

敷地の南西の角には、江戸時代後期の蔵が東を向いて建つ。文化庁の年代に従えば、主屋が建った天保14年には、蔵はすでにこの敷地に建っていた計算になる。

葛野常喜家住宅主屋の見学方法

葛野常喜家住宅主屋の内部は公開されていない。式台を含む正面の構えは、参道の側から外観として見ることになる。道からどこまで式台が見えるかは確認できていないので、無理にのぞき込まず、敷地には立ち入らないでほしい。

行き方とバスの時刻は、葛野常喜家住宅のページを参照してほしい。

Q&A

Q葛野常喜家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースによれば、葛野常喜家住宅主屋は天保14年(1843年)の建築です。
Q葛野常喜家住宅主屋が登録有形文化財に登録されたのはいつですか?
A平成14年(2002年)2月14日に登録されました。登録番号は25-0183で、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
Q葛野常喜家住宅主屋の式台とは何ですか?
A土間の大戸の脇に設けた、一段高い板敷の玄関です。改まった客を迎えるための設えで、農家の外観をもつこの家の特徴として文化庁が挙げています。
Q葛野常喜家住宅主屋の中は見学できますか?
A内部公開の案内は文化庁・大津市の資料に見当たりません。参道から外観を見る形になり、敷地には入れません。
Q葛野常喜家住宅主屋に住んだ葛野常喜家はどのような家ですか?
A文化庁の解説によれば、代々葛川の明王院の信徒総代を務めた家です。参道を挟んで、寺の政所を務めた葛野常満家と向かい合っています。

基本情報

名称葛野常喜家住宅主屋
所在地滋賀県大津市葛川坊村町102
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2002年2月14日(登録)
員数1棟
寸法木造平屋建、建築面積132㎡
所有者不明(文化庁データベースに記載なし)
公開状況非公開(外観は参道から見学)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「葛野常喜家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002632
文化庁 国指定文化財等データベース「葛野常喜家住宅蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002633
文化庁 国指定文化財等データベース「葛野常満家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002550

最終更新日: 2026.10.15