雙栗神社本殿 ― 明応3年の三間社流造

雙栗神社本殿(さぐりじんじゃほんでん)は、京都府久世郡久御山町佐山の雙栗神社に建つ室町時代後期、明応3年(1494年)の三間社流造の本殿で、明治40年(1907年)8月28日に国の重要文化財に指定された。

正面の柱間が3間ある流造で、屋根は檜皮葺、正面には1間の向拝(ごはい)を付ける。流造は、前側の屋根を長く葺き下ろして参拝する場所の上まで覆う形式で、全国の神社本殿でもっとも広く用いられてきた。久御山町の解説は、本殿が三間社という規模をとるのは、石清水八幡宮の分霊を祀ることに由来すると説明している。

建立年については、資料によって書き方の強さが違う。文化庁のデータベースは年代を明応3年(1494年)とし、根拠として棟札と墨書を挙げる。久御山町は、社伝にいう明応3年頃のものと考えられる、と含みをもたせている。本記事は文化庁の記録に従い、明応3年として扱う。

指定の理由と価値

雙栗神社本殿の価値は、室町時代後期の神社本殿が、彫刻と形式をよく保って伝わっている点にある。宇治川と木津川にはさまれた低地の集落で、15世紀末の木造の社殿が残っていること自体、地域の信仰が建物を守り続けてきた結果といってよい。

指定は明治40年(1907年)と早い。古社寺保存法の時代の指定で、昭和25年(1950年)の文化財保護法の施行にともない、いまの重要文化財の区分に移った。

指定には附(つけたり)として、棟札1枚と旧脇障子欄間1枚が含まれる。棟札は建物の年代を伝える資料であり、旧脇障子欄間は後で述べる「栗鼠と葡萄」の彫刻をもつ部材である。京都府観光連盟の案内は、この2点が昭和63年(1988年)に追加で指定されたとしている。文化庁のデータベースでは追加年月日の欄が空いており、日付は確認できなかった。

雙栗神社本殿の見どころ

まず見たいのは、正面の組物のあいだに置かれた蟇股である。久御山町の解説によれば、向かって左に「花と鳥」、右に「紅葉と鹿」の彫刻がある。左右で主題を変え、季節の取り合わせを対にしている。

次に、側面の脇障子の上部。ここには栗鼠(りす)が葡萄の蔓を渡る「栗鼠と葡萄」の彫刻があしらわれている。附として指定された旧脇障子欄間がこの部材で、「旧」の字が示すとおり当初の欄間は本殿から外されて保存されている。久御山町の案内には、旧脇障子欄間とあわせてその模刻の写真が掲げられている。

社殿を彩る極彩色は、昭和55年から56年(1980〜1981年)にかけての修理で塗り直されたものである。このとき屋根の檜皮も葺き替えられた。朱や緑、金を重ねた色づかいは、室町時代の神社本殿がもともと色彩豊かな建物だったことを実感させる。

なお、神社本庁の紹介ページ(令和5年(2023年)2月時点)は、本殿の修復事業が進められていると記している。時期によっては、覆いや足場で見え方が変わっている可能性がある。

雙栗神社本殿の見学方法

雙栗神社本殿は玉垣の内側にあり、中へ入って参拝することはできない。拝殿中央の馬道の先に本殿門が立ち、その奥に本殿の正面が見える。正面の蟇股は距離があるので、単眼鏡や双眼鏡を持っていくと彫刻の細部まで追いやすい。側面の脇障子は、玉垣の透塀越しにうかがう形になる。

撮影の可否について神社による公式の案内は確認できなかったので、撮る場合は参拝者の妨げにならないよう心がけたい。境内への行き方と参拝の条件は、雙栗神社のページにまとめてある。

Q&A

Q雙栗神社本殿はいつ建てられたのですか?
A文化庁のデータベースは室町時代後期の明応3年(1494年)とし、根拠に棟札と墨書を挙げています。久御山町は、社伝にいう明応3年頃のものと考えられるとしています。
Q雙栗神社本殿はいつ重要文化財になったのですか?
A明治40年(1907年)8月28日に指定されました。古社寺保存法の時代の指定で、昭和25年(1950年)の文化財保護法の施行により、現在の重要文化財の区分に移りました。
Q雙栗神社本殿の「栗鼠と葡萄」の彫刻はどこにありますか?
A側面の脇障子の上部です。当初の欄間は旧脇障子欄間として本殿から外されて保存されており、棟札とともに附として指定に含まれています。
Q雙栗神社本殿の中に入って参拝できますか?
Aできません。雙栗神社本殿は玉垣の内側にあり、拝殿の中央の馬道の先、本殿門越しに正面を拝する形になります。
Q雙栗神社本殿は修理中ですか?
A神社本庁の紹介ページ(令和5年(2023年)2月時点)には、本殿の修復事業が進められていると書かれています。現在の状況は確認できなかったため、時期によっては見え方が変わっている可能性があります。

基本情報

名称雙栗神社本殿(さぐりじんじゃほんでん)
所在地京都府久世郡久御山町大字佐山(雙栗神社境内)
指定区分重要文化財(建造物)
指定年明治40年(1907年)8月28日指定
員数1棟(附 棟札1枚、旧脇障子欄間1枚)
寸法三間社流造(正面3間)、向拝1間、檜皮葺(寸法の記載なし)
所有者雙栗神社
公開状況境内は拝観自由(拝観料なし)。本殿は玉垣の内側にあり内部非公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「雙栗神社本殿」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2023
久御山町ホームページ「雙栗神社」
https://www.town.kumiyama.lg.jp/0000000333.html
京都府観光連盟「延喜式内社雙栗神社」
https://www.kyoto-kankou.or.jp/info_search/382
神社本庁「雙栗神社」
https://www.jinjahoncho.or.jp/sys/11076

最終更新日: 2026.09.25