柴田家住宅主屋とは

柴田家住宅主屋は、京都府京都市右京区京北鳥居町市無にある大正元年(1912年)上棟の木造平屋建の農家住宅で、平成20年(2008年)7月8日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「しばたけじゅうたくしゅおく」である。

屋根は緩い起り(むくり)をもつ切妻造の桟瓦葺で、建物のまわりに庇をめぐらせる。建築面積は171平方メートル。東西に長い棟で、規模は桁行6間半、梁間5間である。平成9年(1997年)に改修を受けている。

京都市の資料によれば、棟札と御幣が残り、大工肝煎の田中松之助のもとで上棟したことが分かる。

柴田家住宅主屋が登録された理由

柴田家住宅主屋は、「造形の規範となっているもの」として登録された。屋敷の4件のうち、この基準で登録されたのは主屋だけである。文化庁の解説は、質の高い近代の農家建築と評価している。

京都市は、民家の形式を踏襲しつつ京都の町家の要素を取り入れた点に価値を見ている。山あいの農家の間取りを守りながら、京都の大工が都の住宅の技法を持ち込んだ。その重なりが、この建物の性格を決めている。

土間と六つの部屋、座敷の神棚

柴田家住宅主屋の平面は、西側の土間と、東側の床上部に並ぶ六つの部屋からなる。床上部の表側には、西寄りから式台玄関、次の間、座敷が並ぶ。客は式台から上がり、次の間を経て座敷へ通される順序になる。

座敷の東面にはトコ(床)と書院、神棚が並ぶ。京都市によれば、床の横に神棚を置くのは、この土地が御料地だったためで、同じ地域に多く見られる。

土間との境の板間は、当初は囲炉裏を切った畳敷きの部屋だった。天井には煙を抜くための吹き抜けが今も残っている。

構造では、土間まわりに通し柱を用いた町家風の小屋組が見られる。農家の土間の上に、京都の町なかの家と同じ考え方の骨組みを組んでいるわけである。木部は弁柄で赤く塗られている。

柴田家住宅主屋の見学

柴田家住宅主屋は個人が所有する住まいで、内部の公開は案内されていない。座敷の神棚や囲炉裏の間の吹き抜けは屋内にあり、外からは見られない。

道路から見えるのは、土塀越しの起りのある瓦屋根と庇の線までと考えられる。敷地には入らず、道路から外観を眺めるにとどめたい。屋敷への行き方は柴田家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q柴田家住宅主屋は見学できますか?
A柴田家住宅主屋の一般公開や内部見学の案内は見当たりません。個人の住まいなので、道路から外観を眺めるにとどめてください。
Q柴田家住宅主屋はいつ、誰が建てたのですか?
A京都市の資料によれば、地元で教職に就いていたと伝わる船越米吉の邸宅として建てられ、大工肝煎の田中松之助のもとで大正元年(1912年)に上棟しました。
Q柴田家住宅主屋の座敷に神棚があるのはなぜですか?
A京都市は、この土地が御料地だったためと説明しています。床の横に神棚を置く例は同じ地域に多く見られます。
Q柴田家住宅主屋の大きさと間取りは?
A建築面積171平方メートル、桁行6間半・梁間5間の木造平屋建です。西に土間、東に床上部があり、平面は土間と六つの部屋からなります。
Q柴田家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「造形の規範となっているもの」として平成20年(2008年)7月8日に登録されました。文化庁は質の高い近代の農家建築と評価しています。

基本情報

名称柴田家住宅主屋
所在地京都府京都市右京区京北鳥居町市無43
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成20年(2008年)7月8日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積171㎡
所有者個人
公開状況公開の案内なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「柴田家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007231
文化遺産オンライン「柴田家住宅主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/187133
京都市「京都を彩る建物や庭園」認定 柴田家
https://kyoto-irodoru.city.kyoto.lg.jp/mobile/ukyo/shibatake-n.html
京都市「右京区」(国・登録有形文化財の一覧)
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005996.html

最終更新日: 2026.10.28