旧平田家住宅中門及び塀とは

旧平田家住宅中門及び塀(きゅうひらたけじゅうたくちゅうもんおよびへい)は、三重県四日市市千代田町にある明治18年(1885年)ごろ建築の木造の門と塀で、平成27年(2015年)11月17日に登録有形文化財となった。中門の間口は1.8メートル、塀の総延長は13メートル。

塀は主屋の式台の脇から南へのび、女中部屋に届く。中門はそのほぼ中央に開く。門と塀をあわせて1件の登録である。

前庭と主庭を分ける線

旧平田家住宅中門及び塀の役目は、屋敷の南側を2つに分けることにある。南の門柱を入ってすぐの前庭は、主屋の式台に客を導く空間。塀の向こうの主庭は、書院の座敷から眺めるための庭である。同じ敷地の南側でも、表向きの動線と、もてなしの眺めとが、この13メートルの塀で切り分けられている。

文化庁は、主庭と前庭を区画し、庭の空間に格式を与える門塀と評している。報道によれば、書院の前の庭園が京都の庭師によって造られたのは明治18年(1885年)とされ、この門塀の建築年代と重なる。書院ができた翌年ごろに、庭と門塀がひと続きに整えられたと見ることができる。

薬医門と下見板の塀

中門は薬医門の形式で、屋根は切妻造の桟瓦葺とする。薬医門は、門の扉を支える2本の本柱の後ろに控えの柱を立て、その上に切妻屋根を架けた門で、武家や有力な家の門に多く用いられた。

塀も同じく切妻造の桟瓦葺の屋根をのせる。壁は柱を見せる真壁の漆喰塗で、表側の腰には、横板を重ねて張り、刻みを入れた縦の押縁(簓子)で押さえる簓子下見板張を張る。白い漆喰の上に黒い板張りの腰が一続きにのびる、素朴だが整った外観である。

旧平田家住宅中門及び塀の見学

旧平田家住宅中門及び塀は屋敷の内側にあり、通りからは見えない位置にある。期間限定の公開では書院と庭園が対象となるので、庭の側から塀と中門を見られる見込みはあるが、公開時に中門をくぐって庭に入る順路になっているかどうかは確認できていない。

公開の時期と屋敷への行き方は、旧平田家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q旧平田家住宅中門及び塀はいつ建てられましたか。
A明治18年(1885年)ごろの建築です。平成27年(2015年)11月17日に登録有形文化財となりました。
Q旧平田家住宅中門及び塀の大きさは?
A中門の間口は1.8メートル、塀の総延長は13メートルです。どちらも木造で瓦葺です。
Q旧平田家住宅中門及び塀は何を仕切っていますか。
A門柱を入ってすぐの前庭と、書院の前に広がる主庭を仕切っています。塀は主屋の式台の脇から南の女中部屋までのびています。
Q旧平田家住宅中門及び塀の中門はどんな門ですか。
A切妻造桟瓦葺の屋根をもつ薬医門です。塀のほぼ中央に開いています。
Q旧平田家住宅中門及び塀は見学できますか。
A屋敷の内側にあり、通りからは見えません。書院と庭園の期間限定公開の際に庭の側から見られる可能性がありますが、順路は確認できていません。

基本データ

名称旧平田家住宅中門及び塀(きゅうひらたけじゅうたくちゅうもんおよびへい)
所在地三重県四日市市千代田町941
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0226
指定年平成27年(2015年)11月17日登録
員数1棟
寸法中門:木造、瓦葺、間口1.8メートル/塀:木造、瓦葺、総延長13メートル
所有者個人
公開状況通常非公開(屋敷の書院と庭園は期間限定で公開)

参考文献

国指定文化財等データベース 旧平田家住宅中門及び塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010825
文化遺産オンライン 旧平田家住宅中門及び塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/285400
旧平田家住宅主屋など全7件(四日市市)
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1001000002610/index.html
紅葉の四日市「旧平田家住宅」楽しんで 12月9日まで書院や庭園を一般公開(中日新聞 2025年11月)
https://www.chunichi.co.jp/article/1169065

最終更新日: 2026.09.27