旧平田家住宅門柱とは

旧平田家住宅門柱(きゅうひらたけじゅうたくもんちゅう)は、三重県四日市市千代田町にある大正12年(1923年)ごろ建築の花崗岩の門柱で、平成27年(2015年)11月17日に登録有形文化財となった。左右の脇門と塀が付く。

屋敷の南の入口に立ち、旧平田家住宅の表の顔にあたる。登録された7件のうち最も新しく、主屋からおよそ半世紀のちに屋敷の最後の仕上げとして加えられた。木と土と瓦でできたほかの6件に対し、門柱だけが石でできている。

4本の石柱のつくり

旧平田家住宅門柱は、中央の本柱2本と、その左右の脇柱2本の計4本からなる。文化庁の解説によれば、本柱の高さは4.0メートル、脇柱は2.8メートルである。

どの柱も、基礎、柱身、柱頭の3つの部分からなる。柱頭には上端に張り出したコーニス(軒蛇腹)があり、その下に雷文を刻む。基礎・柱身・柱頭に分け、頂部に蛇腹を回す組み立ては西洋の古典建築の柱の約束事で、そこに中国風の雷文の帯を合わせている。

門の間口については、資料の間で数値が異なる。文化庁データベースの構造欄と三重県の資料は4.2メートルとし、文化庁の解説文は3.2メートルと記す。本柱の間の幅と、脇門まで含めた幅のちがいである可能性もあるが、資料からは判断できない。

表構えとしての価値

四日市市は、高さ4メートルの花崗岩の柱を並べた重厚な表構えとして旧平田家住宅門柱を紹介している。文化庁も、旧家の表構えにふさわしい豪壮な門と評価する。

明治の旧家では、瓦屋根の長屋門や薬医門を表に構える例が多い。旧平田家住宅は大正の末に、洋風の意匠をとり入れた石の門柱を選んだ。門の奥に明治3年(1870年)ごろの主屋が控える組み合わせに、大正期の地方の名家が新しい時代の表情を求めた跡が見える。

旧平田家住宅門柱の見学

旧平田家住宅門柱は敷地の入口に立つので、屋敷の外からも目にすることができる。公開期間以外は敷地に入れないため、通りから見るにとどめ、私有地への立ち入りは控えてほしい。

柱頭の雷文は高い位置にあるので、少し離れて見上げると形がつかみやすい。公開の時期と屋敷への行き方は、旧平田家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q旧平田家住宅門柱はいつ建てられましたか。
A大正12年(1923年)ごろの建築です。平成27年(2015年)11月17日に登録有形文化財となりました。
Q旧平田家住宅門柱の高さはどれくらいですか。
A本柱の高さが4.0メートル、脇柱が2.8メートルです。本柱2本と脇柱2本の計4本の花崗岩の柱からなります。
Q旧平田家住宅門柱の間口は何メートルですか。
A文化庁データベースの構造欄と三重県の資料では4.2メートル、文化庁の解説文では3.2メートルと記されており、資料間で数値が異なります。
Q旧平田家住宅門柱の柱頭にはどんな装飾がありますか。
A柱頭のコーニス(軒蛇腹)の下に雷文が刻まれています。
Q旧平田家住宅門柱は見学できますか。
A敷地の入口に立つので屋敷の外から見られます。公開期間以外は敷地に入れないため、通りから見てください。

基本データ

名称旧平田家住宅門柱(きゅうひらたけじゅうたくもんちゅう)
所在地三重県四日市市千代田町941
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0225
指定年平成27年(2015年)11月17日登録
員数1基
寸法石造、間口4.2メートル(文化庁解説文では3.2メートル)、本柱高さ4.0メートル、脇柱高さ2.8メートル、左右脇門及び塀付
所有者個人
公開状況外観は敷地外から見られる(敷地内は期間限定の公開時のみ)

参考文献

国指定文化財等データベース 旧平田家住宅門柱(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010824
文化遺産オンライン 旧平田家住宅門柱
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/291669
旧平田家住宅主屋など全7件(四日市市)
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1001000002610/index.html
三重県関係で国の登録有形文化財(建造物)の新登録の答申が行われるものの概要(三重県)
https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000371905.pdf

最終更新日: 2026.09.27