糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵とは

糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵は、三重県松阪市魚町の糀屋太郎兵衛商店の敷地にある明治26年(1893年)建築の土蔵で、令和3年(2021年)2月4日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「こうじやたろべえしょうてんおくぐらおよびこめぐら」。

名称に二つの蔵の名が並ぶが、登録上は1棟である。一つの土蔵造2階建の建物を東西に分け、西側を米蔵、東側を奥蔵として使ってきた。建築面積は61平方メートルで、道具蔵の北側に南を向いて建つ。

米と道具を分けて収めた糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵

文化庁の解説文によると、西側の米蔵には糀の原料になる米を、東側の奥蔵には糀づくりに使う道具類を収めていた。原料と道具を一棟に並べて置く造りは、この蔵が家の財産を守る蔵ではなく、仕事のための蔵だったことをはっきり示す。解説文は糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵を「糀製造を支えた施設」とまとめている。

明治26年(1893年)3月29日の松阪大火のあと、店舗兼主屋と同じ頃に建て直された。三重県の資料は、土蔵本体も正面の蔵前も明治26年の建築としている。登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

平入の蔵前と塗り込めの壁

屋根は丸瓦と平瓦を交互に葺く本瓦葺。正面は平入で、長い軒側に下屋を差し掛けて蔵前としている。南隣の道具蔵が切妻の妻側を正面にした妻入であるのに対し、こちらは長手を正面に向ける。東西に二つの蔵を並べた建物なので、横に長い正面が自然に生まれた形である。

外壁は漆喰で軒先まで塗り込め、軒下に鉢巻を廻す。敷地の外に面する側だけは下見板張とし、道具蔵と同じ仕上げの使い分けをしている。明治の再建で建てた糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵が、焼け残った安政2年(1855年)の道具蔵と壁の仕上げをそろえている点は、屋敷全体を一つの構えとして整えようとした跡とも読める。

糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵を見るには

糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵は、個人の住まいと店を兼ねた敷地の内側にあり、公開の案内は見当たらない(2026年9月確認)。見学の受付はなく、敷地に立ち入ることはできない。

通りに面しているのは店舗兼主屋で、奥蔵及び米蔵はその奥、道具蔵の北に位置する。行き方は糀屋太郎兵衛商店のページにまとめてある。

Q&A

Q糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵は2棟ですか?
A1棟です。一つの土蔵造2階建を東西に分け、西側が米蔵、東側が奥蔵になっています。
Q糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵には何が収められていましたか?
A米蔵には糀の原料になる米、奥蔵には糀づくりの道具類が収められていました。
Q糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵はいつ建てられましたか?
A明治26年(1893年)です。同年3月29日の松阪大火のあと、蔵前とともに建て直されました。
Q糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵は見学できますか?
A敷地の内側にあり、公開の案内はありません(2026年9月確認)。
Q糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵はいつ登録有形文化財になりましたか?
A令和3年(2021年)2月4日です。登録番号は24-0284です。

基本情報

名称糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵
所在地三重県松阪市魚町1773
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)2月4日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積61平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(敷地の内側にあり、公開の案内なし)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013561
文化遺産オンライン「糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/539708
文化庁 国指定文化財等データベース「糀屋太郎兵衛商店道具蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013560
松阪市「糀屋太郎兵衛商店店舗兼主屋、糀屋太郎兵衛商店道具蔵、糀屋太郎兵衛商店奥蔵及び米蔵、糀屋太郎兵衛商店糀室」
https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/culture-info/koujiya.html
三重県「新登録答申文化財概要(三重県)」
https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000899264.pdf

最終更新日: 2026.09.28