石でつくられた多宝塔
常楽寺の多宝塔は、木ではなく石でできている。日本の仏塔はほとんどが木造で、石造の多宝塔で国の重要文化財に指定されているものは、この常楽寺塔と滋賀県の少菩提寺塔の二基しかない。上田市別所、温泉街の高台に立つこの塔は、二基のうちでも形のよく整った例とされる。
大きさは総高2.74メートル。決して大きくはない。材は安山岩という硬い火山岩で、屋根を二重に重ね、頂部には輪を積み上げた相輪をのせる。中心の軸石の四面には、いつ、何のために建てられたかが刻まれている。弘長2年(1262年)、鎌倉時代の造立で、経典を納めるための塔だった。
塔へは、茅葺きの本堂の脇を抜け、背の高い杉木立の奥へと進む。木の下は昼でも薄暗い。道の突き当たりに塔が一基だけ立っている。ここは北向観音が現れたと伝わる場所で、境内でもっとも神聖とされる一画である。
なぜ石の塔が建てられたのか
多宝塔は独特の姿をもつ。下層は方形、その上に伏鉢形の丸い胴をのせ、さらに方形の屋根をかける。この形は、密教の本尊である大日如来を塔のかたちに表したものと解釈される。木でつくるのが普通だったこの形を石に置き換えるには高い技術が要り、中世にこれを試みた石工は多くない。
その希少さが、この塔の価値の中心にある。日本に残る石造多宝塔のうち重要文化財に指定されているのは、常楽寺塔と少菩提寺塔(滋賀県)の二基だけ。少菩提寺塔は本来の多宝塔の形からやや外れるため、研究者は常楽寺塔を、石でつくられた多宝塔本来の姿を最もよく残す例と位置づけてきた。指定を受けたのは昭和36年(1961年)3月23日である。
銘文は建立の目的も記している。この塔は一切経、すなわち仏教の経典全体を納める納経塔として建てられた。寺伝では、同じ場所にかつて木造の多宝塔があり、平安初期に円仁が寺を再興した折のものと伝わるが、火災で失われ、鎌倉時代に石の塔へと建て替えられたという。
塔の前で見たいところ
塔の前に立つと、細部が目をひく。下層の屋根は、木造建築の垂木や瓦の反りをまねて彫り出されている。硬い安山岩を、まるで木の仕事のように扱おうとした跡だ。七百六十年あまりのあいだに苔と地衣類が石にしみ込み、輪郭をやわらげ、表面を緑に染めている。
軸石の銘は、ぜひ探したい部分である。四面に弘長2年の造立の経緯が刻まれており、年号も記された確かな手がかりになる。建立年がこれほど明確に分かる石造物は、この時代では数少ない。
すぐ近くには、もう一基の小ぶりな石塔がある。同じく安山岩でつくられた多層塔で、上田市の文化財に指定されている。この二基と、少し戻ったところに広がる本堂の大きな茅葺き屋根とを合わせて見れば、写真を一枚撮って立ち去るより、三十分ほどかけて歩く価値のある境内だと分かるはずだ。
行き方と周辺の見どころ
常楽寺があるのは別所温泉。塩田平の小さな温泉郷で、中世の寺院が集まることから「信州の鎌倉」と呼ばれる。もっとも分かりやすい行き方は、上田電鉄別所線の終点・別所温泉駅からの徒歩約10分。車なら上信越自動車道の上田菅平インターチェンジから30分ほどで、寺に駐車場がある。入山料がかかり、近年の案内では100円ほどとされている。
常楽寺は、北を向いて建つ珍しい観音堂で知られる北向観音の本坊にあたり、両者は合わせて参拝されることが多い。周辺には塩田平を代表する建築が点在する。日本で唯一の八角三重塔を国宝とする安楽寺、国宝の三重塔をもつ大法寺、重要文化財の三重塔をもつ前山寺と信濃国分寺。別所の湯と信州最古とされる温泉がすぐ近くにあり、塔めぐりは一日の散策に無理なく収まる。
Q&A
- 塔はすべて石でできているのですか。
- はい。安山岩という火山岩から彫り出されており、総高は2.74メートルです。石造の多宝塔は日本では珍しく、それがこの塔が保護されている理由の一つです。
- どのくらい古いものですか。
- 軸石の銘により弘長2年(1262年)、鎌倉時代の造立と分かります。七百六十年以上前のものです。重要文化財に指定されたのは昭和36年(1961年)です。
- 中に入ったり触れたりできますか。
- できません。塔は中に入る建物ではなく石造の塔で、保護のため柵で囲まれています。周囲の道から眺める形になります。
- 見学にはどのくらい時間がかかりますか。
- 塔と近くの石塔、茅葺きの本堂を見て30分ほどです。北向観音や周辺の寺院まで足をのばすなら、もう少し見ておくとよいでしょう。
- 周辺で他に見ておきたいものは。
- 国宝の八角三重塔がある安楽寺がまず挙がります。大法寺、前山寺、信濃国分寺にもそれぞれ見ごたえのある塔があり、いずれも塩田平のうちにあります。
基本情報
| 名称 | 常楽寺多宝塔(常楽寺石造多宝塔) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県上田市大字別所 |
| 指定区分 | 重要文化財(昭和36年〔1961年〕3月23日指定) |
| 時代 | 鎌倉時代(弘長2年〔1262年〕銘) |
| 員数・寸法 | 1基/総高274.0cm |
| 構造 | 石造多宝塔、安山岩 |
| 所有者 | 常楽寺 |
| アクセス | 上田電鉄別所線・別所温泉駅から徒歩約10分 |
| 拝観 | 入山料あり(100円程度。現地で要確認) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/937
- 日本遺産ポータルサイト「常楽寺石造多宝塔」(文化庁)
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/5058/
- 上田市の文化財「常楽寺多宝塔」(上田市市民ICT推進センター)
- https://museum.umic.jp/bunkazai/document/dot27.php
- 常楽寺(上田市)— ウィキペディア
- https://ja.wikipedia.org/wiki/常楽寺_(上田市)
最終更新日: 2026.06.04