宮澤家住宅はなれとは

宮澤家住宅はなれは、長野県安曇野市三郷明盛3042にある昭和10年(1935年)頃建築の平屋の建物で、平成10年(1998年)に登録有形文化財に登録された。木造で一部を土蔵造とし、屋根は切妻造の桟瓦葺、建築面積は75平方メートルある。

宮澤家住宅はなれは宅地の西側に建ち、北には明治18年(1885年)の土蔵が続く。文化庁の解説によると、この建物は主屋より先に建てられ、昭和11年(1936年)に主屋が完成してからは離れとして使われてきた。

表は木の顔、裏は蔵の顔

宮澤家住宅はなれの特徴は、向きによって外観の造りを変えていることにある。主屋に向く側は柱や梁などの木部を見せる造作とし、住まいの一部らしい表情をもたせている。

背面は反対に、柱を壁の中に塗り込める大壁造とし、漆喰で仕上げて土蔵のように見せている。腰から下はなまこ壁で、北に並ぶ土蔵と意匠をそろえた。平瓦を並べて目地を漆喰で盛り上げるなまこ壁は、白と黒の格子が遠目にもよく目立つ。

屋敷の内側からは座敷の延長に見え、外側からは蔵の並びの一部に見える。宮澤家住宅はなれは、一棟で二つの役目を受けもつように造られている。

宮澤家住宅はなれの登録の理由

宮澤家住宅はなれは、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。明治の土蔵と、昭和になって加わった建物の外観をなまこ壁でそろえ、屋敷の西から北の並びにまとまりを与えている点が大きい。

主屋に先立って建てられた経緯も、昭和10年代初めの宮澤家の普請の順序を伝える。主屋の建て替えのあいだ、はなれがどう使われたかを記した公開資料は見当たらないが、完成後に離れへ役目を移したことは文化庁の解説から読み取れる。

宮澤家住宅はなれの見学

宮澤家住宅はなれは敷地の西側に建つ個人の建物で、内部公開についての公式な案内は見当たらなかった(2026年9月確認)。撮影の可否についての案内もない。

宮澤家住宅はなれの見どころであるなまこ壁は、主屋と反対側の背面にある。敷地に立ち入らず、外から見える範囲で北の土蔵とあわせて眺めたい。

Q&A

Q宮澤家住宅はなれはいつ建てられましたか?
A昭和10年(1935年)頃です。昭和11年(1936年)の主屋より先に建てられました。
Q宮澤家住宅はなれはどのような建物ですか?
A木造一部土蔵造、切妻造・桟瓦葺の平屋で、建築面積は75平方メートルです。
Q宮澤家住宅はなれの背面が土蔵のように見えるのはなぜですか?
A背面を大壁造の漆喰塗とし、腰下をなまこ壁にして、北に並ぶ土蔵と意匠をそろえているためです。
Q宮澤家住宅はなれはいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成10年(1998年)9月2日です。
Q宮澤家住宅はなれの内部は見学できますか?
A内部公開の公式な案内は見当たりません(2026年9月確認)。外観を敷地の外から見る形になります。

基本情報

名称宮澤家住宅はなれ
所在地長野県安曇野市三郷明盛3042
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成10年(1998年)登録
員数1棟
寸法建築面積75㎡(木造一部土蔵造平屋建)
所有者宮澤保全有限会社
公開状況内部公開の案内なし(外観は敷地外から)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)宮澤家住宅はなれ
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000765
文化遺産オンライン 宮澤家住宅はなれ
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/147375

最終更新日: 2026.09.29