宮澤家住宅主屋とは

宮澤家住宅主屋は、長野県安曇野市三郷明盛3042にある昭和11年(1936年)建築の木造2階建ての住宅で、平成10年(1998年)に登録有形文化財に登録された。屋根は入母屋造の瓦葺で、建築面積は270平方メートルある。

宮澤家住宅主屋は、敷地に建つ登録7件のなかでもっとも大きく、屋敷の中心に位置する。文化庁は、この家の先々代が村長を務め、先代が製糸業を営んだことを記したうえで、主屋を戦前期の和風住宅の一典型と位置づけている。

深い軒と2階の32畳の大広間

宮澤家住宅主屋の外観で目を引くのは、軒の出の深さである。入母屋の大屋根と、その下に大きく張り出す軒が重なり、2階建てでありながら横に広がった重い姿になる。文化庁の解説も、軒の深い重厚な外観をこの建物の特徴に挙げている。

内部で重視されているのは、座敷まわりの欄間彫刻と、2階の32畳の大広間である。文化庁によれば、大広間は公私にわたる接客の場として使われた。1階の座敷に加えて2階にも広い客間を設けた間取りは、来客を迎えることが家の務めの一部だった暮らしを思わせる。

石の門柱と塀について、文化庁は「主屋再建時」に造り替えたものと説明している。このことから、宮澤家住宅主屋は以前の家を建て替えた2代目の主屋だったとみられる。玄関右脇の腕木門も同じ昭和11年頃のもので、主屋の表まわりは一度に整えられた。

宮澤家住宅主屋の登録の理由

宮澤家住宅主屋は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。文化庁は、戦前期の和風住宅の一典型として屋根と軒の構えを挙げ、座敷まわりの欄間彫刻を見応えがあると評している。

周囲には明治18年(1885年)の土蔵や大正9年(1920年)頃の冠木門・納屋が残っており、宮澤家住宅主屋はそれらを従えて屋敷の構えをまとめる位置にある。年代の違う付属屋に囲まれていることで、昭和の主屋が家の歴史の最も新しい層であることも見て取れる。

宮澤家住宅主屋の見学

宮澤家住宅主屋の内部公開についての公式な案内は見当たらず(2026年9月確認)、大広間や欄間彫刻は外から見ることができない。外観を眺める場合も敷地の外からになり、門の内側や庭に立ち入ることはできない。撮影の可否についての案内もない。

宮澤家住宅主屋の前面には、屋敷の東から南を囲む石塀と屋根塀、石の門柱がある。見る位置によっては塀越しに入母屋の屋根がのぞくので、塀と門柱を主屋の前景として眺めたい。

Q&A

Q宮澤家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A昭和11年(1936年)です。文化庁の解説から、以前の主屋を建て替えたものとみられます。
Q宮澤家住宅主屋はどのような建物ですか?
A入母屋造・瓦葺の木造2階建てで、建築面積は270平方メートルです。軒が深く、重厚な外観をもつ戦前期の和風住宅です。
Q宮澤家住宅主屋の2階の大広間とは何ですか?
A32畳の広間で、家の行事から公的な来客まで、公私にわたる接客に使われました。
Q宮澤家住宅主屋はいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成10年(1998年)9月2日に、屋敷のほかの6件とともに登録されました。
Q宮澤家住宅主屋の内部は見学できますか?
A内部公開の公式な案内は見当たりません(2026年9月確認)。見学は敷地の外から外観を眺める形になります。

基本情報

名称宮澤家住宅主屋
所在地長野県安曇野市三郷明盛3042
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成10年(1998年)登録
員数1棟
寸法建築面積270㎡(木造2階建)
所有者宮澤保全有限会社
公開状況内部公開の案内なし(外観は敷地外から)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)宮澤家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000764
国指定文化財等データベース(文化庁)宮澤家住宅門柱・石塀・屋根塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000768
文化遺産オンライン 宮澤家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/113644

最終更新日: 2026.09.29