飯田家住宅米蔵はどんな建物か
飯田家住宅米蔵は、長野県安曇野市豊科高家にある安政6年(1859年)建築の土蔵造平屋建の蔵で、明治33年(1900年)の増築を経て、平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録された。建築年が年号まで特定されている建物のなかでは、飯田家住宅で最も古い。
敷地の西辺、酛蔵の南に、南北に長い棟として並ぶ。桁行9間、梁間3間、建築面積は119平方メートルで、登録番号は20-0242である。
文化庁の種別では、住宅ではなく産業(製造業)の建物に分類されている。酒造業の屋敷の米蔵として、原料となる米を蓄えた蔵と考えられる。
登録の理由と西側の景観
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、飯田家住宅米蔵が西から見た屋敷の景観をつくると記している。北の酛蔵、南の物置一と連なり、白壁の長い面が敷地の西の縁を形づくる。
江戸時代の末に建った蔵が、明治の増築を受けながら使われ続け、大正の酛蔵や明治後期の物置一と一列に並んでいる。飯田家住宅米蔵は、屋敷の西辺が半世紀以上かけて整えられていった起点にあたる建物である。
見どころ
屋根は置屋根で、切妻造の桟瓦葺とする。置屋根は、土壁で固めた蔵の本体とは別に屋根を組んで載せる形式で、本体を火から守りつつ、屋根だけを葺き替えやすくする。
目を留めたいのは東面の庇である。瓦葺の庇も垂木を土で塗り上げ、本体と同じく置屋根の形でつくってある。庇まで塗籠にする念の入れ方は、屋敷のほかの蔵の解説には見られない。
内部は北から4間の位置で間仕切られ、東面には戸口が2か所開く。敷地の内側にあたる東面に出入口と庇をまとめ、外に向く西面を閉じた壁にしている。
飯田家住宅米蔵の見学方法
飯田家住宅米蔵は個人の住宅の敷地内にあり、内部は公開されていない。
外から見るなら屋敷の西側になる。出入口と庇は敷地の内側の東面にあるため、道路から見えるのは閉じた西面の壁と屋根である。撮影は道路からの外観に限る。
屋敷全体への行き方と、外から見学する際の注意は、飯田家住宅のページにある。
Q&A
- 飯田家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
- 文化庁の登録原簿では安政6年(1859年)の建築で、明治33年(1900年)に増築されています。
- 飯田家住宅米蔵は飯田家住宅でいちばん古い建物ですか?
- 年号まで特定されている建物のなかでは最も古い蔵です。江戸時代後期とされる主屋のように、年号が示されていない建物もあります。
- 飯田家住宅米蔵の屋根にはどんな特徴がありますか?
- 本体の上に別の屋根を載せる置屋根の桟瓦葺で、東面の瓦葺の庇まで垂木を塗り上げて置屋根としています。
- 飯田家住宅米蔵はどのくらいの大きさですか?
- 桁行9間、梁間3間の土蔵造平屋建で、建築面積は119平方メートルです。
- 飯田家住宅米蔵は見学できますか?
- 個人の住宅の敷地内にあるため公開されていません。外観は屋敷の西側の道路から見える範囲に限られます。
基本データ
| 名称 | 飯田家住宅米蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県安曇野市豊科高家604-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成17年(2005年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積119平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 個人の住宅の敷地内にあり非公開。外観は道路から |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)飯田家住宅米蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005174
- 八十二文化財団 信州の文化財 飯田家住宅米蔵
- https://www.82bunka.or.jp/bunkazai/detail.php?no=5843
- 安曇野市 文化財一覧
- https://www.city.azumino.nagano.jp/site/kyoiku/10156.html
最終更新日: 2026.09.22