飯田家住宅酛蔵はどんな建物か
飯田家住宅酛蔵は、長野県安曇野市豊科高家にある大正3年(1914年)建築の木造2階建の酒造蔵で、平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「もとぐら」で、酒造りの初めの段階である酛を仕込む建物にあたる。
敷地の北西の隅に、南北に長い棟として建つ。桁行10間、梁間5間、建築面積は190平方メートルで、東側には醸造蔵一が接続する。登録番号は20-0241である。
酛(酒母)は、蒸した米と麹、水を合わせて酵母を大きく育てたもので、これを元にして本格的な仕込みが始まる。飯田家住宅の13件のうち、年代が大正に入るのはこの建物だけである。
登録の理由と北側の景観
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、飯田家住宅酛蔵が北から見た屋敷の景観をつくると記している。東へ続く醸造蔵一とあわせ、白壁の酒造蔵が敷地の北辺を一直線に占めている。
酒造業の屋敷として、どの工程にどの建物が使われたかが名称から追えることも、この屋敷群の価値のひとつである。米蔵は原料の米、物置一は精米、酛蔵は酒母、醸造蔵は仕込みと、工程ごとの建物がそろっている。そのなかで酛蔵は、発酵が始まる段階を受け持った建物である。
見どころ
北端の3間半は麹室にあてられている。麹室は、蒸した米に麹菌を繁殖させて麹をつくる部屋で、温度と湿度を細かく保つ必要がある。酛に欠かせない麹を、同じ建物の北端でつくっていたことになる。
屋根を支える小屋組には洋風のトラスが採用されている。三角形に部材を組んで荷重を受けるトラスは、梁間5間という幅を柱なしで渡すのに向く。大正期の飯田家住宅酛蔵は、在来の和小屋ではなく、この新しい架構で建てられた。
飯田家住宅酛蔵の見学方法
飯田家住宅酛蔵は個人の住宅の敷地内にあり、内部は公開されていない。
文化庁が北からの景観をつくると書くとおり、外から姿をとらえるなら屋敷の北側からになる。醸造蔵一と連なる白壁の長い面が、北側で屋敷の輪郭をなしている。撮影は道路から写せる外観にとどめたい。
屋敷への道順と見学時の心得は、飯田家住宅のページにまとめている。
Q&A
- 飯田家住宅酛蔵の読み方と意味を教えてください。
- 「もとぐら」と読みます。酒造りの最初の段階で、酵母を育てた酒母(酛)を仕込むための建物です。
- 飯田家住宅酛蔵はいつ建てられましたか?
- 文化庁の登録原簿では大正3年(1914年)です。飯田家住宅の13件のなかで、年代が大正に入る唯一の建物です。
- 飯田家住宅酛蔵の麹室とは何ですか?
- 蒸した米に麹菌を繁殖させて麹をつくる部屋です。この建物では北端の3間半が麹室になっています。
- 飯田家住宅酛蔵の構造にはどんな特徴がありますか?
- 木造2階建で、小屋組に洋風のトラスを採用しています。外壁は大壁造の白漆喰塗です。
- 飯田家住宅酛蔵は見学できますか?
- 個人の住宅の敷地内にあるため公開されていません。外観は屋敷の北側の道路から見える範囲に限られます。
基本データ
| 名称 | 飯田家住宅酛蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県安曇野市豊科高家604-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成17年(2005年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積190平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 個人の住宅の敷地内にあり非公開。外観は道路から |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)飯田家住宅酛蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005173
- 文化遺産オンライン 飯田家住宅酛蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/185083
- 八十二文化財団 信州の文化財 飯田家住宅もと蔵
- https://www.82bunka.or.jp/bunkazai/detail.php?no=5840
- 安曇野市 文化財一覧
- https://www.city.azumino.nagano.jp/site/kyoiku/10156.html
最終更新日: 2026.09.22