飯田家住宅主屋はどんな建物か
飯田家住宅主屋は、長野県安曇野市豊科高家にある江戸時代後期の本棟造の住宅で、明治時代後期の増築を経て、平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は20-0236で、屋敷に振られた13の番号のうち最初にあたる。
敷地のほぼ中央に、南を正面にして建つ。間口10間(約18メートル)、奥行8間半の妻入の建物で、屋根は切妻造とし、四方に瓦葺の庇をめぐらせる。木造平屋一部2階建、建築面積は520平方メートルで、飯田家住宅の建物のなかで最も大きい。
間取りは東西に二分される。西半分が土間、東半分が居室で、居室のさらに東には別棟の座敷が突き出す。文化庁の解説は、この建物を酒造業飯野屋の住宅と記している。
登録の理由と本棟造としての規模
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁は飯田家住宅主屋を、安曇野地方の本棟造のなかでも規模の大きな住宅と評価している。本棟造は松本平や安曇野に多い民家の形式で、勾配のゆるい切妻屋根をかけ、妻側を正面に向けて構える。
間口10間の妻面を正面に据えた構えが、大規模と呼ばれる理由をそのまま示している。
江戸後期の住まいが、明治後期の増築を受けながら屋敷の中心にあり続けたことも見逃せない。安政から昭和前期にかけて建てられた周囲の蔵や門は、いずれも飯田家住宅主屋との位置関係のなかに置かれ、文化庁の解説も質蔵・内門・塀の位置を、主屋や座敷棟からの方角で書き表している。
見どころ
まず屋根に注目したい。いまは鉄板で葺かれているが、もとは板を並べて石で押さえる石置屋根だった。石置屋根は、石が滑り落ちないよう勾配をゆるくつくるのが普通である。
本体の屋根が鉄板、四方の庇が瓦という葺材の取り合わせも、飯田家住宅主屋の外観を特徴づけている。大屋根の下にもう一段、瓦の帯が回ることで、幅の広い妻面の足もとが引き締まる。
東に張り出す座敷の棟の南には庭園があり、それを囲む塀と、主屋の正面東側で西を向く内門は、それぞれ別に登録されている。住まいの表側は、主屋・座敷・庭・門をひと続きに組み立てたものといえる。
飯田家住宅主屋の見学方法
飯田家住宅主屋は個人の住宅であり、内部は公開されていない。
敷地の中央に建ち、周りを蔵や塀が囲んでいるため、道路から見える範囲は立つ位置によって大きく変わる。撮影は道路から写せる外観にとどめたい。
屋敷への道順と、外から見学するときの注意は、飯田家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 飯田家住宅主屋はいつ建てられましたか?
- 文化庁の登録原簿では江戸時代後期の建築で、明治時代後期に増築されています。
- 飯田家住宅主屋の本棟造とはどんな形式ですか?
- 松本平や安曇野に多い民家の形式で、勾配のゆるい切妻屋根をかけ、妻側を正面とします。飯田家住宅主屋は、文化庁が安曇野地方の大規模な例と評価しています。
- 飯田家住宅主屋はどのくらいの大きさですか?
- 間口10間、奥行8間半で、建築面積は520平方メートルです。飯田家住宅の建物のなかで最も大きな建物です。
- 飯田家住宅主屋の屋根はもともと何でしたか?
- 板を石で押さえる石置屋根でした。現在は鉄板葺で、四方に瓦葺の庇がつきます。
- 飯田家住宅主屋の中は見学できますか?
- 個人の住宅のため内部は公開されていません。外観も道路から見える範囲に限られます。
基本データ
| 名称 | 飯田家住宅主屋 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県安曇野市豊科高家604-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成17年(2005年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋一部2階建、鉄板葺、建築面積520平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 個人の住宅の敷地内にあり非公開。外観は道路から |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)飯田家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005168
- 文化遺産オンライン 飯田家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/140938
- 安曇野市 文化財一覧
- https://www.city.azumino.nagano.jp/site/kyoiku/10156.html
最終更新日: 2026.09.22