北国街道沿いに残る酒造蔵

しなの鉄道の戸倉駅で降り、駅前の通りを数分ほど歩くと、かつて造り酒屋として営まれた建物の一群に出会う。なかでも東西に長く延びる二階建ての白い土蔵が、坂井銘醸宝暦蔵である。坂井銘醸の酒造場に建ち並ぶ蔵のうち、現存する最も古い仕込蔵にあたり、平成十五年に国の登録有形文化財となった。

建物は土蔵造の二階建で、屋根は切妻造の桟瓦葺とする。建築面積はおよそ三百七十七平方メートル、棟は一棟である。時代は江戸後期にさかのぼる。蔵の名にある「宝暦」は西暦一七五一年から一七六四年にあたる年号で、宝暦十年(一七六〇年)にこの一帯を襲った大火のあと、町並みがあらためて形づくられていった時期と重なっている。

酒造場から登録文化財へ

坂井家は、日本海側と善光寺道とを結ぶ北国街道の下戸倉宿で、比較的大きな酒造業を営んでいた。最盛期にはおよそ二千石の清酒を醸したと伝わる。生産が増えるにつれて蔵は建て増しと建て替えを重ね、それぞれの建設年代の年号にちなんで宝暦蔵、寛政蔵、慶応蔵、明治蔵、大正蔵、昭和蔵と呼び分けられてきた。宝暦蔵は、その並びの先頭に立つ。

平成十五年(二〇〇三年)一月、この建物は登録有形文化財として国の登録簿に記載された。国宝や重要文化財という呼称になじみのある方のために、この区分について一言補っておきたい。国宝や重要文化財といった指定は、とりわけ価値の高い建造物や美術工芸品を、許可制の厳しい仕組みのもとで保護するものである。これに対し平成八年(一九九六年)に始まった登録の制度は、より緩やかな枠組みをもつ。おおむね築五十年を超え、地域の歴史的な景観を形づくるのに役立つ建物を対象とし、強い規制ではなく届出と指導によって支える。宝暦蔵は、国土の歴史的景観に寄与しているという基準のもとで登録された。

隣に建つ昭和蔵とあわせて眺めると、その理由がよくわかる。二棟は駅前通りの街区の輪郭を保ち、いまではほとんど失われた酒造町の姿を今日に残している。

見どころ

立ち止まって見ておきたいのは、北面に並ぶ窓である。二階建の壁としては思いのほか低い位置に開けられており、この配置は、酒の仕込みをおこなう仕込蔵としての働きに結びついている。醸造には涼しく安定した一定の環境が求められ、窓の位置は装飾ではなく、その実用に対するひとつの答えであった。南方にはかつて釜場と麹室が並び、米を蒸し、麹を育てる作業がそこでおこなわれていた。

蔵の一群は、いまでは坂井家が「酒造コレクション」と呼ぶ小さな資料館として開かれている。各所には古い酒造道具が並び、はしごを上って大きな木桶を覗き込むこともできる。建物のいくつかは別の主題にあてられている。ひとつは、坂井家に逗留したと伝わる江戸中期の俳人、加舎白雄を顕彰する一室であり、もうひとつは大正期の抒情を描いた画家、竹久夢二ゆかりの作品を展示する空間である。

敷地のなかで最もよく写真に撮られるのは、茅葺の主屋であろう。宝暦十年の大火ののちに再建され、築二百年をゆうに超えると数えられるこの建物は、現在は「萱(かや)」という蕎麦処として営まれ、店内では坂井銘醸の全銘柄が試飲のために供されている。

戸倉のまわり

酒造場が建つのは、北国街道の下戸倉宿である。善光寺へ向かう旅人が足を休めた宿場のひとつで、いまもその面影が残る。千曲川を渡って少し歩けば、戸倉上山田温泉に着く。百年余りにわたって湯客を迎えてきたアルカリ性の湯は、肌になじむ柔らかさで知られている。

この一帯は、月の名所としても古くから名高い。近隣の姨捨にひろがる棚田は、水面に映る収穫期の月でつとに詠まれ、その伝統をもとに編まれた日本遺産の物語の一部をなしている。宝暦蔵を訪ねる一日は、宿場の旧跡をめぐる午後と、湯につかる夕べとに自然につながっていく。

Q&A

Q宝暦蔵の内部は見学できますか。
Aこの蔵は坂井銘醸の敷地にある「酒造コレクション」の一部で、九時から十七時まで開いています。内部の公開状況は変わることがありますので、訪問前に蔵元へ確認しておくとよいでしょう。
Q建物はどのくらい古いのですか。
A時代は江戸後期にさかのぼります。名は宝暦年間(一七五一〜一七六四年)にちなみ、現存する蔵のなかでは最も古く、のちに続く寛政蔵・慶応蔵・明治蔵・大正蔵・昭和蔵に先立ちます。
Q登録と指定では何が違うのですか。
A重要文化財や国宝といった指定は、最も手厚い法的保護を受けます。平成八年に始まった登録の制度はより緩やかで、地域の歴史的な性格を守るのに役立つ建物を対象とします。宝暦蔵は平成十五年に登録されました。
Qどうやって行けばよいですか。
A敷地は、しなの鉄道の戸倉駅から徒歩で四〜五分ほどの場所にあります。この路線は軽井沢と長野のあいだを通り、千曲市を経由しています。
Qほかに見るものはありますか。
Aあります。敷地には俳人の加舎白雄や画家の竹久夢二にちなむ展示室、北国街道の歴史を扱う一室、そして蕎麦を供し銘柄の試飲もできる茅葺の主屋があります。

基本データ

名称坂井銘醸宝暦蔵(さかいめいじょうほうれきぐら)
所在地長野県千曲市大字戸倉1855-1
区分登録有形文化財(建造物) 平成15年(2003年)1月31日登録 登録番号20-0114
構造・形式土蔵造2階建、瓦葺、建築面積約377平方メートル、1棟
時代江戸後期
所有者坂井銘醸株式会社
アクセスしなの鉄道戸倉駅から徒歩約4〜5分
公開酒造コレクションは9時〜17時公開。最新の状況は蔵元へ確認のこと

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 坂井銘醸宝暦蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003094
文化遺産オンライン 坂井銘醸宝暦蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/115974
日本遺産ポータルサイト 坂井銘醸酒蔵
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/5052/
坂井銘醸 酒造コレクション
https://www.sakagura.co.jp/sakaimeijo/collection.html

最終更新日: 2026.06.20