千曲川のほとりに遠藤新が設計した旅館建築

昭和7年(1932年)、長野県千曲市の戸倉上山田温泉にある老舗旅館・笹屋ホテルは、事業の拡張にあわせて新たな別棟の建築に着手した。その設計を任されたのが、建築家・遠藤新(1889~1951)である。遠藤はフランク・ロイド・ライトに師事し、東京の旧帝国ホテル建設ではチーフアシスタントとして設計監理にあたった人物として知られる。彼が手がけたのは洋風の別館ではなかった。瓦葺の木造2階一部平屋建、本格的な数寄屋造りで構成された客室群であり、外観も内部も和の意匠で統一されつつ、ライトのもとで培った発想が静かに織り込まれている。

建築面積はおよそ965平方メートル。国の登録原簿には1棟として記載されるが、実際には3棟と渡り廊下から成る客室群である。当初は笹屋ホテルの別荘として建てられ、平成15年(2003年)の登録を機に「豊年虫(ほうねんむし)」と名を改め、8室だけの宿として営業を続けている。今も客室に泊まり、遠藤の手がけた空間に身を置くことができる。

「指定」ではなく「登録」が意味するもの

日本の建造物保護には二つの仕組みがあり、この建物を理解するにはその違いが要になる。最も手厚い「指定」は国宝や重要文化財を対象とする。これに対して、より幅広く緩やかな「登録」の制度は、平成8年(1996年)に設けられた。明治以降の近代建築のように、放っておけば失われかねない膨大な建物を保護するための枠組みである。笹屋ホテル別荘は、この登録有形文化財にあたる。登録の告示は平成15年2月26日付(登録番号20-0111)で、造形の規範となっているものという基準のもとに登録された。

「造形の規範」と評価された核心は、客室のつくり方にあった。遠藤は各室に鍵のかかる戸を設け、客室と客室の間を壁で仕切り、それぞれを独立した「個室」として明確にした。今でこそ当然のことだが、襖で緩やかに仕切るのが通例だった当時の和風旅館では、ホテルの考え方を伝統的な木造建築に持ち込んだ斬新な試みだった。この構成はのちの近代観光旅館の原型となり、その影響の大きさこそが、この建物の価値を支えている。

遠藤の作風は、客室が外へと開いていく構成に最もよく表れる。畳敷きの座敷から床を一段下げると、椅子を置いた広縁がガラス窓に面する。窓は、一幅の絵のように庭の景色を切り取る。座敷、広縁、庭が互いに呼応するよう整えられ、内と外の境はやわらかく溶けていく。ライトの作品を見たことのある人なら、水平線を生かした構えと、建物と風景との対話のなかに、その系譜を見いだすだろう。

泊まって気づく見どころ

一夜を過ごすと、座敷から広縁、庭へと続く空間の連なりは、眺める対象ではなく身を置く場になる。朝の光が畳を移り、広縁へと落ちていくにつれ、庭の表情も時刻ごとに変わる。その庭を手がけたのは、中学から大学まで遠藤の同期生として過ごした造園家で、遠藤と同じ福島の出身であった。千曲川の源流から運んだ川石を池のまわりに配し、遠く信濃の山並みを借景として取り込んでいる。

木造の細部もゆっくり見るに値する。簡素のなかに品を求める本格的な数寄屋造りで、継手や天井、床まわりの意匠は部屋ごとに異なる。8室はそれぞれに趣を持ち、固有の室名が付けられている。

宿の名には、ささやかな文学の挿話がある。豊年虫とは、千曲川から羽化する蜉蝣(かげろう)の地元での呼び名で、これを多く見た年は豊作になると言い伝えられてきた。白樺派を代表する小説家・志賀直哉は、昭和2年(1927年)に笹屋ホテルへ逗留した折、この言葉を題にした短編「豊年蟲」を書いている。別棟が宿として再び開かれたとき、その作品から名を譲り受けた。

戸倉上山田温泉とその周辺

この地の湯は明治元年(1868年)に千曲川の河原で見いだされ、その後に戸倉温泉と上山田温泉が相次いで開かれて、今では総称して戸倉上山田温泉と呼ばれる。泉質は単純硫黄温泉で、笹屋ホテルは自家源泉を引く。長く、善光寺詣りを終えた人々が旅の疲れを落とす精進落としの湯として親しまれてきた土地でもある。

周辺は月の名所として名高い。少し足を延ばした姨捨の棚田は、古くから月見の客を集めてきた景勝地で、月をめぐる地域の日本遺産ストーリーにも組み込まれている。季節には夜景ツアーも催される。冠着神社や善光寺道といった旧街道も近く、建築の見学と散策を合わせて楽しめる。

Q&A

Q中に入れますか。泊まることもできますか。
Aはい。文化財そのものが宿泊施設です。笹屋ホテルの敷地内で8室の宿「豊年虫」として営業しているため、客室を予約して泊まるのが建物を体験する方法になります。日帰りでの見学を希望する場合は、客室が宿泊客の私的な空間であるため、事前にホテルへ問い合わせるとよいでしょう。
Q遠藤新とはどのような建築家ですか。
Aフランク・ロイド・ライトに師事し、東京の旧帝国ホテル建設にチーフアシスタントとして携わった日本人建築家(1889~1951)です。大正11年(1922年)に独立後、自由学園(東京)や甲子園ホテル(兵庫)などを設計し、生活に根ざした建築を主張しました。
Q「指定」ではなく「登録」とは何が違うのですか。
A登録は平成8年(1996年)に始まった、主に近代建築を対象とする緩やかな保護の制度です。建物を使い続けながら保存を促す点に特徴があります。国宝や重要文化財は、より厳格な「指定」の対象です。この別荘は登録有形文化財であり、現役の宿として営業できる背景の一つになっています。
Q「豊年虫」という名の由来は何ですか。
A小説家・志賀直哉が昭和2年(1927年)に逗留中に書いた短編に由来します。豊年虫は千曲川から羽化する蜉蝣の地元での呼び名で、多く見られた年は豊作になると言い伝えられてきました。
Qどうやって行けばよいですか。
A北陸新幹線で上田駅または長野駅へ向かい、しなの鉄道に乗り換えて戸倉駅で下車します。そこからタクシーで約5~7分です。事前予約で宿の送迎も利用できます。車の場合は坂城ICからおよそ15分です。

基本情報

名称笹屋ホテル別荘(宿としての名称は「豊年虫」)
所在地長野県千曲市上山田温泉1-1-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成15年(2003年)/告示2月26日・登録番号20-0111
建築年昭和7年(1932年)
設計遠藤新
構造・形式木造2階一部平屋建、瓦葺、建築面積約965平方メートル。員数は1棟(3棟と渡り廊下から成る客室群)
所有者株式会社八光
アクセスしなの鉄道・戸倉駅からタクシーで約5~7分
公開状況現役の宿として営業。客室は宿泊での利用が中心

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 笹屋ホテル別荘
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003091
日本遺産ポータルサイト 戸倉上山田温泉 笹屋ホテル別荘(豊年蟲)
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/5050/
登録有形文化財の宿 豊年虫 公式サイト
https://www.hohnen-mushi.jp/
笹屋ホテル 歴史と建築・設計について
https://www.sasaya.co.jp/history/design.html

最終更新日: 2026.06.20