北国街道に残る大型茅葺民家
しなの鉄道戸倉駅から国道方面へ歩いて数分、街道筋の角に大きな茅葺屋根が立ち上がる。坂井銘醸の主屋である。かつて北国街道の下戸倉宿として栄えた地で、坂井家はおよそ四百年にわたり造り酒屋を営んできた。建物は東を向いて街道に面し、間口は十五間半、およそ二十八メートルにおよぶ。この幅そのものが、家の格を示している。
現在の主屋は、災禍ののちに建てられたものである。宝暦十年(一七六〇年)七月の大火で町が焼けた後、坂井家はほどなく住まいを建て直した。それから二百六十年あまり、屋根の茅は代々葺き替えられながら、今も同じ場所に立つ。
「指定」ではなく「登録」
坂井銘醸主屋は、国の登録有形文化財(建造物)である。登録年月日は平成十五年(二〇〇三年)一月三十一日、登録番号は20-0112。日本の建造物保護には二つの仕組みがあり、その違いを押さえておきたい。古くからの厳格な制度が「指定」で、重要文化財や国宝はこちらにあたり、現状変更には強い制約がかかる。一方、平成八年(一九九六年)に始まった「登録」は、幕末以降に数多く建てられ、町並みの性格を形づくってきた建物を主な対象とする、より緩やかな仕組みである。建物を凍結保存するのではなく、使いながら守り継ぐことを促す。客を迎え続ける造り酒屋の主屋は、その趣旨によく合っている。
台帳には、木造平屋一部二階建、茅葺、建築面積四百三十七平方メートルと記される。価値は、一つの珍しい意匠にあるというより、地方の有力な商家であり名主であった家の構えをよく残し、宿場の歴史的景観を支えている点にある。
建物を読む
間取りはじっくり見る値打ちがある。南の下手には土間が置かれ、農業と酒造を兼ねた家の日々の仕事を支えた。背面中央からは座敷棟が角屋状に張り出し、客を迎える正式な座敷を収める。北の上手には、間口二間、およそ三・六メートルの式台が設けられている。これは飾りではない。坂井家は名主を務めており、式台の幅は、その家格を目に見える形で示すものだった。
振る舞いに用いられた座敷九室は、古文書をもとに平成六年(一九九四年)に復元され、いまは蕎麦料理処「萱」の食事処となっている。かつて名主の客が集った座敷に座り、近隣の坂城町産の辛味大根の汁でいただく「おしぼり蕎麦」を味わうことができる。
酒蔵、資料館、そして文人の宿
主屋の背後には、酒造りの規模が広がるにつれて建て継がれた蔵が並ぶ。宝暦蔵、寛政蔵、慶応蔵、明治蔵、大正蔵と、それぞれ建てられた年号で呼ばれている。いくつかは「酒造コレクション」として開放され、大きな仕込み桶を梯子で上って覗き込んだり、酒造りの道具に触れたりできる。入館は無料である。
坂井家は造り手であると同時に、文人の庇護者でもあった。芭蕉の流れをくむ俳人・加舎白雄が長く逗留したと伝わり、画家・竹久夢二も近隣の温泉に滞在した折に作品を残した。その縁は、白雄にちなむ館や夢二の絵を集めた館として、敷地内に受け継がれている。
周辺の見どころ
主屋は、千曲川沿いに広がる戸倉上山田温泉のすぐ近くにあり、湯に浸かる前後の立ち寄り先にちょうどよい。一帯は、谷をさかのぼった姨捨の棚田で知られる「月の都」の日本遺産の舞台でもある。斜面の水田が月を映すこの地で、酒蔵と一杯の蕎麦、そして姨捨の夕べを組み合わせれば、信州北部のこの一角を一日かけてゆっくりめぐることができる。
Q&A
- 主屋の中に入れますか。
- 入れる。建物の内部は現在、蕎麦料理処「萱」となっており、復元された座敷九室が食事処として開かれている。隣接する蔵を使った「酒造コレクション」も無料で見学できる。
- 行き方を教えてください。
- しなの鉄道戸倉駅から国道十八号方面へ徒歩約五分。車の場合は、上信越自動車道から戸倉上山田の方面が近い。
- 入館料はかかりますか。
- 酒造コレクションの見学は無料。蕎麦処での食事と酒の購入は有料となる。開館はおおむね午前九時から午後五時、一月一日が休館である。
- 登録有形文化財と指定文化財はどう違うのですか。
- 登録は平成八年に始まった比較的緩やかな保護で、おおむね築五十年以上の建物を対象に、使い続けることを促す制度である。指定はより古く厳格な制度で、重要文化財や国宝がこれにあたる。坂井銘醸主屋は登録の側に属する。
- ここで酒は買えますか。
- 買える。敷地内の店で坂井銘醸の全銘柄を扱っており、試飲のうえで選ぶこともできる。
基本情報
| 名称 | 坂井銘醸主屋(さかいめいじょうしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県千曲市大字戸倉1855-1 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成十五年(二〇〇三年)一月三十一日 |
| 登録番号 | 20-0112 |
| 時代 | 江戸後期(宝暦十年の大火後に再建) |
| 構造・形式 | 木造平屋一部二階建、茅葺 |
| 建築面積 | 437平方メートル |
| 員数 | 1棟 |
| 所有者 | 坂井銘醸株式会社 |
| アクセス | しなの鉄道戸倉駅から徒歩約5分 |
| 公開状況 | 内部は蕎麦料理処「萱」および無料の酒造コレクションとして公開。おおむね午前9時〜午後5時、1月1日休館 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003092
- 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/168402
- 日本遺産ポータルサイト「坂井銘醸酒蔵」
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/5052/
- 日本遺産「月の都 千曲」坂井銘醸酒蔵
- https://tsukino-miyako.jp/history/bunkazai/bunkazai-27/
最終更新日: 2026.06.21