石垣の上に祀られた稲荷社

佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神は、長野県上田市上塩尻にある蚕種製造家の屋敷の北西の角に江戸時代末期に建てられた稲荷社で、令和3年(2021年)6月24日に国の登録有形文化財に登録された。建築面積は1.3平方メートルで、屋敷で登録された9件のなかでもっとも小さい。

屋敷神とは、家や屋敷の敷地に祀られる神のことで、その社を指すこともある。佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神は主屋の西方の石垣の上に、南を向いて建つ。柱間が縦横とも一間の方一間の社で、年代は江戸末期、西暦では1830年から1868年の間とされる。

上田市の解説は、蚕種業が盛んになった江戸末期から明治期に改修された建物の一つに屋敷神を挙げている。

登録の理由 ― 小さな社の本格的なつくり

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、文化庁の解説は佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神を、敷地北西角の景観をつくる屋敷神と評価している。

小さいながら、つくりは社寺建築の作法に沿っている。切石を積んだ基壇の上に土台を据えて角柱を立て、柱の頭を頭貫で固めて台輪を置き、組物は出三斗とする。屋敷の片隅の社にも柱の上の組物をきちんと備えている点に、この屋敷神の丁寧なつくりが表れている。

屋根は照り起りのある切妻造妻入で、現在は鉄板で葺かれている。内部は格子戸で前後に仕切り、後ろの室に宮殿(くうでん)と呼ばれる小さな殿舎を置いて神を納める。

見どころ

屋根の線に目を向けたい。起りは屋根面をわずかに上へふくらませる曲線で、妻入の小さな切妻屋根に柔らかな表情を与えている。

場所も特徴の一つである。佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神は住まいと蔵が集まる屋敷の北西、主屋からやや離れた石垣の上に置かれ、敷地の角を押さえている。蚕室や蔵が並ぶ南や東とは反対側の、屋敷の奥にあたる位置である。

文化庁の国指定文化財等データベースには、東側から写した外観写真が掲載されている。切石の基壇、柱上の組物、起りのある屋根の形を確かめられる。

見学について

佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神は個人の屋敷のなかで祀られている社で、参拝や見学の受け付けはしていない。公の神社ではないので、敷地に立ち入らないようにしたい。敷地の外からどの程度見えるかは確認できず、撮影についての公式な案内も見当たらなかった。

屋敷への行き方と、屋敷全体の成り立ちは佐藤家住宅(三ツ引)のページにまとめてある。

Q&A

Q佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神は参拝できますか?
A佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神は個人の屋敷のなかで祀られている社で、参拝や見学は受け付けていません。敷地に立ち入らないようにしてください。撮影についての公式な案内も見当たりません。
Q佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神には何が祀られているのですか?
A文化庁の解説によれば稲荷社です。内部は格子戸で前後に仕切られ、後ろの室に宮殿と呼ばれる小さな殿舎を置いています。
Q佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神はいつ建てられたのですか?
A江戸末期、西暦1830年から1868年の間の建築とされます。令和3年(2021年)6月24日に登録有形文化財となりました。
Q佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神の大きさと構造は?
A木造平屋建で、建築面積は1.3平方メートルの方一間の社です。切石積の基壇の上に角柱を立て、組物は出三斗、屋根は起りのある切妻造・妻入で、現在は鉄板で葺かれています。
Q佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神は屋敷のどこにありますか?
A主屋の西方の石垣の上、敷地の北西の角に南を向いて建っています。文化庁の解説は、敷地北西角の景観をつくる屋敷神と評価しています。

基本情報

名称佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神
所在地長野県上田市上塩尻字南側90
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)6月24日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、鉄板葺、建築面積1.3平方メートル
所有者個人(氏名非公表)
公開状況非公開(個人の屋敷)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013795
上田市の文化財(上田市市民ICT推進センター)|佐藤家住宅(三ツ引)
https://museum.umic.jp/bunkazai/document2/127.php

最終更新日: 2026.09.26