主屋の西に建つ小さな味噌蔵

佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵は、長野県上田市上塩尻にある蚕種製造家の屋敷に明治時代後期に建てられた土蔵造2階建の蔵で、令和3年(2021年)6月24日に国の登録有形文化財に登録された。名前のとおり、家で仕込んだ味噌を納めておくための蔵である。

建物は主屋の西に建ち、棟を東西に通す。屋根は切妻造の桟瓦葺で、建築面積は20平方メートル。屋敷に残る土蔵造の建物のなかではもっとも小さい。年代は明治後期、西暦では1898年から1912年の間とされる。

一方、上田市の解説は味噌蔵を江戸末期から明治期に改修された建物の一つに数え、明治30年(1897年)刊行の銅版画集『日本博覧図』に描かれた屋敷の一部としている。文化庁データベースの明治後期という年代とは時期がずれており、改修の時期を含めた詳しい経緯は資料からは分からない。

登録の理由 ― 暮らしを支えた蔵

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、文化庁の解説は佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵を、主屋西側の景観をつくる味噌蔵と評価している。

屋敷の9件の多くは、蚕室や消毒室のように蚕種の仕事と結びついている。そのなかで味噌蔵は、大きな家の毎日の食を支えた蔵である。庄屋を務め、蚕種の仕事で人の出入りも多かった家にとって、味噌の蓄えは欠かせなかった。

仕事の建物と暮らしの蔵が同じ敷地に並ぶことで、蚕種家の屋敷が住まいと作業場を兼ねていた姿が見えてくる。佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵は、その暮らしの側を受け持つ一棟である。

構造の見どころ

戸口は東と北の二箇所にある。北側の妻面には庇を掛け、その上の2階に窓を一つ開ける。外壁は軒裏まで塗り込めて中塗で仕上げ、庇の軒裏まで土で塗り込めている。

庇の裏まで塗り込めるのは、木部を外に見せないための手間のかかる仕上げである。小さな蔵ながら、火や湿気から中身を守る土蔵の作法を細部まで守っている。

内部は1階が二室の土間、2階が一室の板敷である。1階を土間にしているのは、重い味噌樽を据えるのに向いているためと考えられる。文化庁データベースには佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵を東側から写した外観写真が掲載されている。

見学について

佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵は個人の屋敷のなかにあり、内部は公開されていない。文化庁の解説は主屋西側の景観をつくる蔵としているが、敷地の外からどう見えるかは確認できなかった。撮影についての公式な案内も見当たらない。

屋敷への行き方と、屋敷全体の成り立ちは佐藤家住宅(三ツ引)のページにまとめてある。

Q&A

Q佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵は見学できますか?
A佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵は個人の屋敷のなかにあり、内部は一般に公開されていません。撮影についての公式な案内も見当たりません。外観は文化庁の国指定文化財等データベースの写真で確認できます。
Q佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵はいつ建てられたのですか?
A文化庁データベースでは明治後期、西暦1898年から1912年の間の建築とされています。上田市の解説は江戸末期から明治期に改修された蔵の一つとしています。令和3年(2021年)6月24日に登録有形文化財となりました。
Q佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵の大きさと構造は?
A土蔵造の2階建で、建築面積は20平方メートルです。屋根は切妻造の桟瓦葺で、屋敷に残る土蔵造の建物のなかではもっとも小さな蔵です。
Q佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵の内部はどうなっていますか?
A1階は二室の土間、2階は一室の板敷です。戸口は東と北の二箇所にあり、北側の妻面には庇を掛けています。
Q佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵は屋敷のどこに建っていますか?
A主屋の西に、棟を東西に通して建っています。近くには文庫蔵が建ち、さらに西の石垣の上には屋敷神が祀られています。文化庁の解説は、主屋西側の景観をつくる蔵と評価しています。

基本情報

名称佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵
所在地長野県上田市上塩尻字南側90
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)6月24日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積20平方メートル
所有者個人(氏名非公表)
公開状況非公開(個人の屋敷)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013794
上田市の文化財(上田市市民ICT推進センター)|佐藤家住宅(三ツ引)
https://museum.umic.jp/bunkazai/document2/127.php

最終更新日: 2026.09.26