分家「三ツ引」が構えた蚕種家の屋敷
佐藤家住宅(三ツ引)は、長野県上田市上塩尻にある蚕種製造家の屋敷で、江戸時代後期の主屋から明治時代後期の消毒室までの建物9件が、令和3年(2021年)6月24日にそろって国の登録有形文化財となった。読みは「さとうけじゅうたく(みつびき)」で、「三ツ引」はこの家の屋号である。
蚕種とは蚕の卵のことをいう。繭をとる養蚕、繭から糸を引く製糸とは別に、丈夫な蚕の卵をつくって養蚕農家へ売る仕事があり、上塩尻はその蚕種づくりで知られた村だった。上田市の文化財解説によれば、この地では佐藤家の宗家(一時期「藤本」を名乗った本家)が寛文年間(1661〜1673年)に蚕種の製造を始め、多くの人の工夫と努力で蚕種業が村に根づいていった。
江戸末期から明治初期にかけて、ヨーロッパでは微粒子病という蚕の病気が広がり、養蚕がほぼ壊滅した。日本から輸出された蚕種のうち3割前後を上田産が占め、その多くが上塩尻でつくられたとされる。この村が「日本一の蚕種の郷」と呼ばれたのはそのためである。
三ツ引の佐藤家は、享保12年(1727年)に宗家から分かれた家で、江戸時代には庄屋を務めた。蚕種業は昭和の中頃まで続けている。
9件の配置 ― 主屋を囲む蔵と蚕室
敷地の北側に、南を向いて主屋が建つ。西半は平屋建の寄棟造茅葺(現在は鉄板で仮葺き)、東半は2階建の切妻造桟瓦葺で、東半の棟には越屋根が二つ載る。主屋の北西には、同じく茅葺寄棟の座敷棟である奥上段が付く。
主屋の西側には蔵が集まる。棟を南北に通した文庫蔵と、東西棟の味噌蔵がともに主屋の西に建ち、さらに西の石垣の上、敷地の北西の角には稲荷社の屋敷神が南を向いて祀られている。
主屋の南には、東を向いた小ぶりな穀蔵と、1階を密閉した消毒室が建つ。主屋の南東では、2階を蚕室とした物置が敷地の東辺に沿って南北に棟を延ばし、同じ東辺に表門が開く。敷地の南端には、棟全体に越屋根を載せた2階建の蚕室が東西に長く横たわる。
住まいと蔵が北と西に、蚕を扱う建物が南と東に寄る配置である。文化庁の解説は各棟について、敷地の東辺、中央、主屋の西側、北西の角といった場所の景観をつくると書いており、9件が屋敷の四辺と中央を埋めていることが分かる。
蚕種業とともに育った屋敷構え
9件の年代は一様ではない。主屋及び奥上段は江戸時代後期(1751〜1830年頃)の建築で、江戸末期に改修され、昭和前期にも増築と改修を受けた。屋敷神と物置は江戸末期(1830〜1868年頃)、門は江戸末期に建てられたものを明治中期に移したとされる。蚕室は明治中期(1883〜1897年頃)、穀蔵は明治30年(1897年)、文庫蔵は明治31年(1898年)、味噌蔵と消毒室は明治後期(1898〜1912年頃)である。
上田市の解説は、この並びを蚕種業の歩みと結びつけている。蚕種業が盛んになった江戸末期から明治期に、もとからあった主屋と奥上段が増築・改修され、物置・文庫蔵・穀蔵・味噌蔵・屋敷神が改修され、門が移築され、2階建の蚕室が新築された。屋敷は、蚕種家・佐藤尾之七の邸宅として明治30年(1897年)刊行の銅版画集『日本博覧図』第12編に描かれている。その後、蚕具を消毒するため内部を漆喰で塗り込めた消毒室が新築され、蚕室は屋敷全体で九部屋を数えるまでになった。
一点、資料どうしが合わないところがある。文化庁データベースは文庫蔵を明治31年(1898年)、味噌蔵を明治後期の建築とするが、上田市の解説はどちらも明治30年刊行の銅版画集に描かれた建物に含めている。改修前の姿が描かれた可能性もあるものの、確かなことは分からないため、ここでは両方の記述を並べておく。
登録番号は20-0571から20-0579まで連続し、9件とも登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。上田市は、どの建物も当時の姿をよく残し、蚕種業の発展にともなって屋敷構えができあがっていく過程を伝える点を評価している。登録の対象は一軒の家というより、仕事の広がりにあわせて建物を足していった屋敷の全体といってよい。
すぐ近くには宗家の屋敷、旧佐藤家住宅(藤本)がある。こちらは令和6年(2024年)に6棟が登録有形文化財となった。本家と分家の屋敷がそろって登録されたことで、同じ上塩尻の蚕種家が屋敷をどう構えたかを二つの例で比べられる。
見学とアクセス
佐藤家住宅(三ツ引)は個人の屋敷で、9件とも内部は一般に公開されていない。定期的な公開日や見学の受け付けについても、公式の案内は確認できなかった。見られるのは敷地の外から目に入る範囲に限られ、表門と物置が並ぶ東辺がその中心になる。周辺は住宅地なので、立ち止まって眺めるときも住む人への配慮を忘れずにいたい。
最寄り駅はしなの鉄道の西上田駅で、上田駅から1駅、乗車時間は5分ほどである。屋敷は駅の東側に広がる上塩尻の集落にあり、駅からの直線距離はおよそ600メートル、歩いて10分前後が目安になる。信州上田観光協会は、上田市街の蚕糸業の遺構と上塩尻の家並みを西上田駅から歩いてめぐる半日のモデルコースを紹介している。
上塩尻の蚕種業にかかわる古文書や道具は、宗家の資料を収めた藤本蚕業歴史館(上田市上塩尻248)で見ることができる。私設の資料館で、見学には事前の問い合わせが必要である。
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)主屋及び奥上段
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013788
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)蚕室
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013789
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)物置
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013790
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)消毒室
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013791
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)文庫蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013792
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)穀蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013793
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)味噌蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013794
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)屋敷神
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013795
- 国指定文化財等データベース(文化庁)|佐藤家住宅(三ツ引)門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013796
- 文化遺産オンライン|佐藤家住宅(三ツ引)主屋及び奥上段
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/591490
- 上田市の文化財(上田市市民ICT推進センター)|佐藤家住宅(三ツ引)
- https://museum.umic.jp/bunkazai/document2/127.php
- 信州上田観光協会|『蚕都上田』の軌跡をたどる・前編
- https://ueda-kanko.or.jp/blog/santoueda1/
- 信州上田観光協会|【市街・塩尻】上田紬や文化遺産など“蚕都上田”の足跡をたどる
- https://ueda-kanko.or.jp/modelcourse/modelcourse-855/
- 信州上田観光協会|藤本蚕業歴史館
- https://ueda-kanko.or.jp/spot/fujimotorekishikan/
最終更新日: 2026.09.26
基本情報
| 名称 | 佐藤家住宅(三ツ引) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県上田市上塩尻字南側90 |
| 指定 | 登録有形文化財 9件 |
| 座標 | 36.41819, 138.21563 |