信州大学教育学部書庫とは

信州大学教育学部書庫(旧長野県庁書籍庫)は、長野県長野市の信州大学長野(教育)キャンパスに建つ明治28年(1895年)の煉瓦造2階建の書庫で、平成20年(2008年)7月8日に登録有形文化財(建造物)に登録された。

長野県庁の書籍庫として建てられ、のちに長野師範学校、信州大学教育学部へと受け継がれた。教育学部同窓会は、信州大学のなかで最も古い建物と紹介している。平成29年(2017年)の修復後は「信州大学教育学部同窓会赤煉瓦館」として使われており、学内では赤煉瓦館の名で呼ばれている。

文化庁のデータベースでは所在地を長野市大字長野字下長野1139-1とする。教育学部の住所表記は長野市西長野6のロで、善光寺の西側にあたる。

県庁の書籍庫から師範学校の書庫へ

信州大学の資料によれば、教育学部の前身である長野県尋常師範学校は、明治20年(1887年)に旧県庁舎の西隣、現在のキャンパスの地に校舎を新築した。県庁の書籍庫が建てられたのはその8年後の明治28年(1895年)である。

教育学部同窓会の年表は、明治41年(1908年)の県庁舎の火災で、この書籍庫だけが焼失を免れたと伝える。明治44年(1911年)には長野師範学校が書籍庫を譲り受け、明治初期の教師用資料、教科書、洋書などおよそ18,000冊を収めた。大学史資料センターの資料は、藩校の文庫や師範学校時代の貴重な図書が収められていたとも記している。

昭和24年(1949年)に信州大学教育学部が発足すると、書庫は教育学部の書籍庫となった。平成20年(2008年)の登録から6年後、平成26年(2014年)の長野県神城断層地震で被害を受け、書庫として使えなくなる。同窓会が出資して修復を決め、平成29年(2017年)に赤煉瓦館として生まれ変わった。

登録の理由と価値

信州大学教育学部書庫は、平成20年(2008年)7月8日付の第60回登録で、長野県の登録番号20-0335として登録された。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

県庁の書籍を納めるために建てられた煉瓦の書庫が、県庁舎の火災を越え、師範学校の蔵書を預かる時代を経て、いまも同じ敷地に立っている。県の行政と信州の教員養成の両方に関わってきた来歴が、この建物の価値の中心にある。

外観の特徴は、文化庁の解説が簡潔にまとめている。切石の基礎、イギリス積の外壁、四隅の柱形、焼過煉瓦の胴蛇腹、そして開口部の石材である。小規模な書庫でありながら、明治中期の官庁の煉瓦建築としての手の込んだ意匠を備えている。

構造と見どころ

イギリス積の壁と四隅の柱形

信州大学教育学部書庫は、桁行11メートル、梁間5.2メートルの東西に長い煉瓦造2階建で、建築面積は59平方メートル。屋根は寄棟造の桟瓦葺である。外壁はイギリス積で、四隅に柱形を表している。壁を見上げると、長手と小口の列が一段ごとに入れ替わる積み方がよくわかる。

焼過煉瓦の胴蛇腹

壁の中ほどを帯状に巡る胴蛇腹には、焼過煉瓦が使われている。高温で焼き締めた濃い色の煉瓦で、赤い壁に茶色の線を一本引いたように見える。同窓会の資料は、この帯と四隅の柱形を建物のデザイン上の見どころに挙げている。

石の楣と扉吊元

基礎は切石。文化庁の解説は、開口部の楣(まぐさ)や扉の吊元に用いた石材を、外観のアクセントと評している。正面は中央に入口を置き、その左右に窓を対称に配する。煉瓦の赤と石の白が、入口と窓のまわりで切り替わる。

キングポスト・トラスの小屋組と内部

小屋組はキングポスト・トラスで、同窓会によれば小屋組は松材、床は1階が栗材、2階が杉材である。修復では土台を鉄筋コンクリートで補強し、壁回りに鉄骨を入れ、炭素繊維シートによる耐震補強を施した。現在は1階に8名程度の会議室、2階に30名程度のホールがあり、ゼミや講演会、演奏会などに使われている。

見学方法

信州大学教育学部書庫は、学生・教職員・同窓会員が使う施設として運営されており、2026年10月時点で一般向けの内部公開の案内は見当たらない。文化庁の解説によれば、建物は教育学部の敷地の北端に位置する。外観を見る場合は、キャンパスの正門から入り、授業や行事の妨げにならないよう配慮したい。

長野(教育)キャンパスへは、JR長野駅の善光寺口7番のりばからアルピコバスの戸隠中社行または鬼無里行に乗り、約10分の「信大教育学部前」で降りると、道路をはさんだ正面がキャンパスである。善光寺口1番のりばから善光寺方面のバスに乗る場合は、約10分の「花の小路」で降り、「大門」交差点を左に折れて約300メートル、徒歩7分ほどで着く。大学はキャンパスへの出入りに正門を使うよう案内している。

Q&A

Q信州大学教育学部書庫はいつ、何のために建てられましたか?
A明治28年(1895年)に長野県庁の書籍庫として建てられました。明治44年(1911年)に長野師範学校が譲り受け、のちに信州大学教育学部の書庫となりました。
Q信州大学教育学部書庫はなぜ赤煉瓦館と呼ばれるのですか?
A平成26年(2014年)の地震で被害を受けたのち、教育学部同窓会の出資で修復され、平成29年(2017年)に「信州大学教育学部同窓会赤煉瓦館」となったためです。
Q信州大学教育学部書庫の建築の特徴は?
Aイギリス積の煉瓦造2階建で、寄棟造の桟瓦葺、小屋組はキングポスト・トラスです。四隅の柱形、焼過煉瓦の胴蛇腹、開口部の楣や扉吊元の石材が外観の特徴です。
Q信州大学教育学部書庫(赤煉瓦館)は見学できますか?
A2026年10月時点で一般向けの内部公開の案内はありません。建物は教育学部の敷地の北端にあり、外観は構内から見ることができます。
Q長野駅から信州大学教育学部書庫への行き方は?
A長野駅善光寺口7番のりばからアルピコバスの戸隠中社行または鬼無里行で約10分、「信大教育学部前」で降りると道路の向かいがキャンパスです。

基本情報

名称信州大学教育学部書庫(旧長野県庁書籍庫)(しんしゅうだいがくきょういくがくぶしょこ)
所在地長野県長野市大字長野字下長野1139-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成20年(2008年)7月8日登録
員数1棟
寸法煉瓦造2階建、瓦葺、建築面積59平方メートル
所有者国立大学法人信州大学
公開状況内部の一般公開なし(同窓会赤煉瓦館として学内で使用。外観は構内から見学可)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「信州大学教育学部書庫(旧長野県庁書籍庫)」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007209
信州大学教育学部同窓会「赤煉瓦館」
https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/education/uploads/akarenga.pdf
信州大学大学史資料センター「信州大学歴史探訪」
https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/library/archives/news/upload/s_historicalwalk_200303_s.pdf
信州大学教育学部 受験者心得(試験場への交通案内)
https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/education/uploads/2026-2V_kokoroe.pdf

最終更新日: 2026.10.08