主屋の北に南面して建つ
瀧澤家住宅土蔵(たきざわけじゅうたくどぞう、滝澤家住宅土蔵とも表記)は、長野県千曲市大字磯部字石原にある江戸時代後期の土蔵で、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
位置は主屋の北。南を正面とし、作業場となる屋敷内の空き地を挟んで主屋と向き合う。桁行九・一メートル、梁間四・六メートルの二階建てで、建築面積は五七平方メートル。壁は土蔵造、すなわち木造の軸部に荒壁から仕上げまで幾層もの土を塗り重ねたもので、屋根は切妻造、現状は鉄板葺。南面には下屋庇が差し出され、その下に扉口が開く。
文化庁の登録データは建設を宝暦から文政期(一七五一~一八三〇)に置き、平成五年(一九九三年)の改修を記録する。現在の鉄板葺は、この改修に伴うものとみるのが自然だろう。この年代の土蔵であれば、当初は瓦か板で葺いていたと考えられる。
土と置屋根の仕事
上層農家が蔵に納めるものは多い。自家用と年貢のための米、翌年に播く種籾、農具、年に数度しか出さない膳椀や晴れ着、村役を務める家であれば村方文書の類も加わる。これらを信濃の冬と蒸す夏の両方をくぐらせて傷ませずに保ち、なおかつ火から守らなければならない。茅葺の家々が軒を接する集落において、火は日常の脅威であった。
厚い土壁は、この二つの要求に同時に応える。三〇センチを超えて塗り重ねられた土は水分を緩やかに吸い、緩やかに吐くため、内部の温湿度は外気ほど激しく振れない。そして土は燃えない。ただし土は水を流すのが不得手で、そこに屋根の工夫が要る。
登録の解説は屋根形式を「置屋根」と明記する。土壁の箱と屋根の小屋組を一体につくらず、壁の上に別構造の屋根を載せ、両者のあいだに空隙を残す形式である。雨水は壁面から離れたところで切れ、空隙を通る空気が壁の天端を乾かし、屋根葺材が傷んでも、保護の実務を担っている土の殻に手を入れずに葺き替えられる。中部一円の職人が長く用いてきた方法で、主屋より蔵のほうが長生きする理由の少なからぬ部分がここにある。
南面には扉口が二所。二階の西面には窓が一所。いずれも鳥居枠で飾られている。二本の縦材と一本の横材を開口の周囲に張り出させ、鳥居に似た輪郭をつくる手法である。装飾に尽きるものではない。土壁でもっとも弱いのが開口部の縁で、鳥居枠はそこから水を切り、同時に左官に納まりのよい仕上げ端を与える。二階の小窓にまで同じ手当てを施している点に、この家がこの建物に求めた体裁が読み取れる。
登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。解説文も、主屋と一体となって農家の屋敷構えを良好に形成する、と結んでいる。個別の建物というより群としての評価であり、架構そのものを理由に「造形の規範」として登録された主屋とは、評価の筋道が異なる。
見学の条件
瀧澤家住宅は所有者が現に居住する私邸である。拝観料も公開時間も設定されておらず、三棟いずれも内部に立ち入ることはできない。見学は屋敷地西側の公道からに限られ、敷地内への進入や、門越しにカメラを向ける行為は控えていただきたい。
この条件は土蔵にとってとりわけ厳しい。蔵は主屋の背後、北寄りに位置するため、公道からは全体ではなく一部しか見えない。漆喰の妻面と、茅葺の稜線の向こうに覗く鉄板屋根の直線、そのくらいである。下屋庇と三つの鳥居枠が並ぶ南面は屋敷の内側を向いている。働く蔵として当然の向きであり、同時に外から撮りにくい理由でもある。
そのかわり道端からは三棟の位置関係がよく分かる。手前に長屋門の茅葺が横たわり、その奥に主屋の茅葺がひとまわり高く立ち、さらに背後で白い壁面の上に硬い線の金属屋根が伸びる。屋根の形も素材も三様で、農家がそれらを必要とした順に並んでいる。
最寄りはしなの鉄道戸倉駅、南へ一キロメートル強、徒歩十五分から二十分。車では長野自動車道更埴インターチェンジから十五分ほどだが、見学者用の駐車場はなく、周辺は狭い生活道路である。同種の建物の内部をどうしても見たい向きには、上山田温泉にある千曲市歴史文化財センターに、市内で公開中の建造物を問い合わせるのが早い。
Q&A
- 瀧澤家住宅土蔵の内部は見学できますか。
- できません。敷地全体が所有者の居住する私邸で、登録された三棟はいずれも非公開です。土蔵は主屋の背後にあたるため、公道からも一部しか見えません。
- 瀧澤家住宅土蔵の「置屋根形式」とは何ですか。
- 土壁の躯体と屋根の小屋組を一体につくらず、壁の上に別構造の屋根を載せて空隙を残す形式です。雨水を壁から離して落とし、空気の通りで壁の天端を乾かし、葺替えの際も土壁を傷めずに済みます。
- 瀧澤家住宅土蔵の開口部にある鳥居枠にはどんな役割がありますか。
- 二本の縦材と横材を開口の周囲に張り出させた枠で、輪郭が鳥居に似ることからこう呼ばれます。土壁でもっとも傷みやすい開口部の縁から水を切り、左官仕上げの端をきれいに納める働きがあります。南面の扉口二所と二階西面の窓一所すべてに設けられています。
- 瀧澤家住宅土蔵はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
- 文化庁の登録データでは江戸後期、一七五一年から一八三〇年頃の建設とされ、平成5年(1993年)に改修が記録されています。登録は平成29年(2017年)6月28日、第87回登録、登録番号20-0512です。
- 瀧澤家住宅へのアクセス方法を教えてください。
- しなの鉄道戸倉駅から徒歩十五分から二十分ほどです。車では長野自動車道更埴インターチェンジから約十五分。見学者用の駐車場はなく、周辺は幅員の狭い生活道路のため、路上駐車はご遠慮ください。
基本情報
| 名称 | 瀧澤家住宅土蔵(たきざわけじゅうたくどぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県千曲市大字磯部字石原122 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの/登録番号 20-0512 |
| 指定年 | 平成29年(2017年)6月28日登録(第87回) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行9.1メートル、梁間4.6メートル/建築面積57平方メートル/土蔵造2階建、切妻造置屋根形式、鉄板葺 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 内部非公開。公道からの部分的な外観見学のみ。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「瀧澤家住宅土蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011694
- 文化庁 国指定文化財等データベース「瀧澤家住宅主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011693
- 千曲市「千曲市文化財一覧」
- https://www.city.chikuma.lg.jp/soshiki/rekishibunkazaicenter/rekishi_bunkazai/2/1875.html
- 千曲市歴史文化財センター「歴史・文化財」
- https://www.city.chikuma.lg.jp/soshiki/rekishibunkazaicenter/rekishi_bunkazai/index.html
最終更新日: 2026.08.05