磯部の屋敷地に西面する大型民家

瀧澤家住宅主屋(たきざわけじゅうたくしゅおく、滝澤家住宅主屋とも表記)は、長野県千曲市大字磯部字石原にある江戸時代中期の民家建築で、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

屋敷地のほぼ中央に建ち、西を正面とする。桁行一二間、梁間六間半。メートルに直せば間口およそ二二メートル、奥行およそ一二メートルで、建築面積は三三三平方メートルにおよぶ。構造は木造平屋建て、一部二階建て。屋根は寄棟造の茅葺で、棟までの高さは約七メートルとされる。数字だけを並べれば無味乾燥だが、道路際に立って見上げると、この規模の茅葺屋根が一枚の面として迫ってくる。

文化庁の登録データは、建設年代を寛文元年から寛延四年(一六六一~一七五一)の幅で押さえ、その後の宝暦から文政期(一七五一~一八三〇)に改修が加えられたと記す。二度の普請を経て現在の姿になった建物ということになる。

瀧澤家は、戦国期に武田方に属して村上氏と戦った武士の家柄であったと伝わる。合戦の世が終わったのちに帰農し、当地に居を構えて組頭など村役人を務めた。上層農家の屋敷構えは総じて大きいが、この主屋はその中でも際立って大きい部類に入る。

造形の規範という評価軸

登録有形文化財の制度は平成八年(一九九六年)に発足した。重要文化財の指定と異なり、所有者の使用や通常の修繕に対する制約は緩く、そのかわり国は台帳への記載、技術的な助言、限定的な税制優遇にとどまる。登録の基準は三つある。国土の歴史的景観に寄与しているもの、造形の規範となっているもの、再現することが容易でないもの。

主屋が満たしたのは二番目、造形の規範となっているものである。同じ屋敷内の土蔵と長屋門は、いずれも一番目の景観への寄与を理由に登録されている。この差は読み流せない。主屋は外観の印象ではなく、内部の架構そのものによって評価されたということだからである。

評価の核心は、土間と床上部の境にある。この規模の民家であれば、境界に一本の太い大黒柱を据え、そこに小屋組の荷重を集めるのが通例だろう。ところが当家には大黒柱がない。かわりに一間ごとに柱を立て、等間隔の柱列で境を構成している。柱を減らして太い材に力を集約していく近世後期の架構法よりも前の段階に属する手法であり、これだけの規模で残る例は多くない。

もう一点、登録の解説が挙げるのが居間の間口である。ここに一尺、約三〇センチメートルの伸びがある。屋内の他の部分が従う基準寸法から意図的に外した寸法で、文化庁はこれを、近世におけるこの地域の造作の癖をよく残す特徴のひとつとして位置づけている。

平面の南半は土間と旧馬屋が占める。馬は家族と同じ屋根の下で飼われ、両者を隔てるのは框と敷居ほどのものであった。作業のための土間と生活のための床上部を並置し、一連の茅葺屋根で覆う構成は、千曲川流域の農家に広く行きわたっていた形式である。ただし、この寸法で現存するものは限られる。

道から見る

先に断っておくべきことがある。瀧澤家住宅は現に所有者が居住する私邸であり、内部は公開されていない。ここまで述べた特徴のうち、外から確かめられるのは屋根と外観に限られる。見学は屋敷地西側の公道からにとどめ、敷地内に立ち入らないこと。門や生垣の隙間からレンズを向ける行為も避けたい。公道からの外観撮影であれば問題はないが、住人に向けることは論外である。

その公道からは、構成がよく読める。西端を長屋門の茅葺が横に長く画し、その背後にひとまわり高く主屋の屋根が立ち上がる。二枚の茅葺が前後に重なる眺めで、写真には収まりにくい。かつて北信の農村では珍しくもなかった光景だが、いまはほとんどが鉄板葺か瓦葺に改まっている。

軒先を見てほしい。茅葺の軒は刈り込んで揃えるもので、その断面の厚みから直近の手入れの時期がおおよそ推し量れる。屋根面の取り合いも見どころで、寄棟造には妻面がなく、短い棟から四方に流れが下る。隅棟の納まりに葺き手の技量が出る。

交通の便は悪くない。最寄りはしなの鉄道戸倉駅で、直線距離にして一キロメートル強、徒歩十五分から二十分ほど。車なら長野自動車道更埴インターチェンジからおよそ十五分。ただし見学者用の駐車場はなく、周囲は幅員の狭い生活道路である。この点は軽く考えないでいただきたい。

冬がよく似合う建物である。雪は茅の上に不均等に載り、かえって屋根面の稜線を浮かび上がらせる。周囲の木々が葉を落とすため、輪郭全体も見通せる。三月下旬から四月上旬には数キロ北であんずが咲き、南西には戸倉上山田温泉がある。県史跡の村上氏城館跡は磯部の斜面そのものに残る。武士の家がなぜこの地で農に転じたのかを地形から考えるなら、あわせて歩く価値がある。

Q&A

Q瀧澤家住宅主屋の内部は見学できますか。
Aできません。所有者が居住する個人の住宅であり、内部は非公開です。見学は屋敷地西側の公道から外観を眺めるかたちに限られます。敷地内への立ち入りはご遠慮ください。
Q瀧澤家住宅主屋の建築上の特色はどこにありますか。
A大黒柱を持たない点です。土間と床上部の境に一間ごとに柱を立てる古式の架構で、この規模の民家では珍しく、登録基準「造形の規範となっているもの」の根拠とされています。居間の間口に一尺の伸びがある点も、当地域の近世民家の特徴として挙げられます。
Q瀧澤家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
A文化庁の登録データでは建設が一六六一年から一七五一年の間、改修が一七五一年から一八三〇年頃とされます。登録は平成29年(2017年)6月28日、第87回登録、登録番号20-0511です。
Q瀧澤家住宅へのアクセスと駐車場はどうなっていますか。
A最寄り駅はしなの鉄道戸倉駅で、徒歩十五分から二十分程度です。車では長野自動車道更埴インターチェンジから約十五分。見学者用の駐車場は用意されておらず、周辺は狭い生活道路のため、路上駐車は避けてください。
Q瀧澤家住宅主屋の写真撮影は可能ですか。
A公道からの外観撮影であれば差し支えありません。ただし居住中の住宅ですので、門内や敷地内、住人に向けての撮影は避け、三脚で道を塞ぐような撮り方もしないでください。
Q瀧澤家住宅には主屋のほかにどんな登録文化財がありますか。
A同日付で登録された土蔵と長屋門があります。土蔵は主屋の北に南面して建ち、長屋門は屋敷地の西面を画します。三棟で一群の農家屋敷構えを形成しています。

基本情報

名称瀧澤家住宅主屋(たきざわけじゅうたくしゅおく)
所在地長野県千曲市大字磯部字石原122
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録基準:造形の規範となっているもの/登録番号 20-0511
指定年平成29年(2017年)6月28日登録(第87回)
員数1棟
寸法桁行一二間、梁間六間半(約22メートル×約12メートル)/建築面積333平方メートル/木造平屋一部2階建、寄棟造茅葺
所有者個人
公開状況内部非公開。公道からの外観見学のみ。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「瀧澤家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011693
文化遺産オンライン「瀧澤家住宅主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/300719
千曲市「千曲市文化財一覧」
https://www.city.chikuma.lg.jp/soshiki/rekishibunkazaicenter/rekishi_bunkazai/2/1875.html
千曲市歴史文化財センター「歴史・文化財」
https://www.city.chikuma.lg.jp/soshiki/rekishibunkazaicenter/rekishi_bunkazai/index.html

最終更新日: 2026.08.05