崇福寺鐘鼓楼とは
二重の建物の内部に残る棟札には、享保13年(1728)の年号と「木匠頭 荒木治右衛門」の名が墨書されている。長崎の丘の上に立つ唐寺・崇福寺の境内にあって、この建物は二つの役目を一棟で果たす。上階に梵鐘を吊り、太鼓を置く。鐘楼と鼓楼を兼ねるので、鐘鼓楼と呼ぶ。
軸部と屋根では、出どころが異なる。柱や組物は唐人工匠の手と推定される一方、妻飾りや屋根回りは和風の意匠でまとめられている。この二面性は崇福寺の各所に共通するもので、中国の檀越と日本の工匠が、同じ境内で一世紀以上にわたって手を動かしてきた。
長崎の華僑が築いた寺
崇福寺の創建は寛永6年(1629)。長崎で交易に携わっていた福建省福州出身の人々が、明僧・超然(ちょうねん)を招いて開いた。宗派は黄檗宗で、17世紀に中国僧が日本へ伝えた禅の一派にあたる。地元では福州寺の名でも知られた。
江戸時代、対外交流が限られていたなかで、長崎は中国船を受け入れる唯一の港だった。在留の唐人は出身地ごとに寺を建てる。崇福寺は興福寺・福済寺とともに「唐三カ寺」と呼ばれた。航海の安全を祈る場でもあり、境内には海の神・媽姐をまつる媽姐堂が置かれている。
鐘鼓楼は、寺で最初の鐘楼ではない。もとの鐘楼は重層の六角円堂で、書院前庭の南隅にあった。現在の鐘鼓楼の場所には、当時は大釜が据えられているだけだった。そこからは媽姐堂や媽姐門と、入港した唐船とが互いに見通せたという。鐘鼓楼の前に残る一対の刹竿石(旗竿石)が、その関係を示している。享保13年にこの重層の建物が建つと、見通しはさえぎられた。
重要文化財に指定された理由
鐘鼓楼が重要文化財(当時は特別保護建造物)に指定されたのは、明治43年(1910)8月29日。現行の文化財保護法のもとでもその位置づけは引き継がれている。評価されているのは規模ではなく、二つの建築の流儀が一棟のなかで出会っている点にある。
棟札には日本人棟梁の名があるのに、軸組は唐人の仕事と読める。材を中国で切り組み、唐船で長崎へ運んで建てたとも伝わる。経緯の細部はともかく、模倣ではなく合作として成り立っている点が、隣接する護法堂とも共通する。日中の工匠が手を合わせた様子をこれほど明快に残す建物は、国内でも多くない。
見どころ
まずは全体の比例を見たい。上層と下層の釣り合いが安定していて、重心が上に偏った印象を与えない。下層の壁は白漆喰で仕上げられ、雨のかかる材は朱丹で塗られている。隣の護法堂と同じ仕様である。
二階に目を上げると、開口部の様子が変わる。丸窓や火灯窓が、下層よりも自由に壁を抜いている。理由は実用的で、上層を開放することで梵鐘と太鼓の音が境内へ広がるようにしてある。
細部には、寺のほかの建物と通じる手法が繰り返される。柱の上部は籐巻、肘木は柱に直接挿し込む挿肘木、軒先には垂木の木口を隠す鼻隠板が回る。一方で、妻の破風やその下の懸魚は和風の好みに従っており、棟札に名を残した棟梁の手跡が見てとれる。
崇福寺の他の見どころ
鐘鼓楼は、境内のいくつもの見どころの一つにすぎない。寺の建物のうち二棟は国宝に指定されている。正保3年(1646)建立で長崎市内最古の建物とされる大雄宝殿と、国内に類を見ない複雑な詰組をもつ第一峰門である。入口で出迎える朱塗りの三門は、嘉永2年(1849)の再建で竜宮門にもなぞらえられ、これも重要文化財にあたる。護法堂と媽姐門も同じく重要文化財である。
境内は、ゆっくり見て回るほど発見がある。蝙蝠や牡丹、桃の花など、中国で縁起物とされる意匠が、思わぬ場所に彫り込まれている。寺へは、長崎電気軌道1系統の終点・崇福寺電停から坂を少し上る。長崎駅からは路面電車でおよそ12分。参道は急な石段が続く。
拝観時間は8時から17時まで。拝観料は大人300円で、高校生以下は無料。2026年の長崎ランタンフェスティバルでは、十数年ぶりに境内へランタンが飾られ、開催期間中は夜間の拝観時間が延長された。
Q&A
- なぜ鐘楼ではなく鐘鼓楼と呼ぶのですか。
- 上階に梵鐘を吊るとともに太鼓を置いているため、一棟で鐘楼と鼓楼を兼ねます。両方を表す語をつないで鐘鼓楼と呼びます。
- 誰が建てたのですか。
- 棟札には日本人棟梁の荒木治右衛門の名がありますが、軸組は唐人工匠の手と推定されます。中国の軸部に和風の屋根回りを組み合わせた、日中の合作と考えられています。
- 建物の中に入れますか。
- 内部の見学はできず、境内から外観を眺める形になります。すぐ近くまで寄って、窓や組物、塗りの様子を間近に見られます。
- 丸窓や火灯窓は何のためにあるのですか。
- 上層を開放的にした丸窓や火灯窓は、梵鐘と太鼓の音を境内へ広げるために設けられたと説明されています。
- ほかの建物との関係はどうなっていますか。
- 隣の護法堂と、柱上部の籐巻や雨がかり部の朱丹塗りなどの特徴を共有しており、境内では一対のように見えます。
基本情報
| 名称 | 崇福寺鐘鼓楼(そうふくじしょうころう) |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県長崎市鍛冶屋町7-5 |
| 所有者 | 崇福寺 |
| 指定区分 | 重要文化財(明治43年〈1910〉8月29日指定) |
| 建立 | 享保13年(1728) |
| 構造 | 桁行三間、梁間二間、二重、入母屋造、本瓦葺 |
| 拝観時間 | 8時から17時 |
| 拝観料 | 大人300円(高校生以下無料) |
| アクセス | 長崎電気軌道1系統 崇福寺電停から徒歩約3〜5分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)崇福寺鐘鼓楼
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3520
- 崇福寺鐘鼓楼(長崎市 文化財課)
- https://www.city.nagasaki.lg.jp/page/1199.html
- 崇福寺鐘鼓楼(長崎県の文化財)
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/109
- 崇福寺(ながさき旅ネット)
- https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/96
最終更新日: 2026.06.04