山から主屋の玄関へ下りる客の道

梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段は、長崎県平戸市明の川内町の梅ヶ谷津偕楽園で、敷地北の山側から主屋の玄関手前の通路にかけて築かれた天保10年(1839年)の石造の工作物で、平成17年(2005年)12月26日に国の登録有形文化財となった。延長11メートルの石段と、その下方に築かれた延長6メートルの石塀からなる。

長崎県の解説によれば、この石段と石塀は、北側の山から下りてくる来訪者の通路として造られた。平戸藩主・松浦熈の別邸を訪れる客は、海側からではなく山の上から、この道をたどって主屋へ迎えられたことになる。

踏段・側壁・曲線

石段は、平らな石を敷き並べた踏段と、両脇の低い側壁で構成される。文化庁の解説は、石段が下方で主屋に向かって緩やかに湾曲すると記す。まっすぐ下ろさずに最後で曲げることで、下りてくる人の正面に主屋が回り込んでくる。

梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段の見せ場は、この湾曲にある。山道の終わりで向きが変わり、建物と正対する位置へ導かれる。数寄を楽しむための別邸らしく、到着の瞬間まで演出された動線と読める。

石塀の上下で変わる積み方

石段の下方に築かれた石塀は、上段と下段で積み方が違う。文化庁の解説によると、下段は野面石を空積とし、上段は石を練り固める練積とする。隅の石には上下とも切石を用い、角をきっちりと納めている。

長崎県の解説は同じ石塀について、下部は整形した石の面を揃えて築き、上部はこぶし大の黒石を漆喰で固めて築く技法が見られると記す。下部の石の加工の程度について両資料の表現には差があるが、上下で工法を変え、上部を漆喰で固めている点は一致している。

下は空積で水はけと安定を取り、上は小さな黒石を漆喰で固めて塀の肌をつくる。一枚の塀に二つの技法が重なり、隅だけを切石で締める構成は、近くに寄って見て初めて分かる細部である。

梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段の見学

梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段は屋外の工作物で、偕楽園の開館時に敷地内から見ることになる。石段は現役の通路として築かれたものなので、足もとには注意し、傷めないよう側壁に乗ったり石に触れたりするのは控えたい。敷地は個人の所有で、見学できる範囲は案内に従う。

開館時間と行き方は梅ヶ谷津偕楽園のページにまとめてある。

Q&A

Q梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段はいつ造られましたか?
A天保10年(1839年)です。平成17年(2005年)に国の登録有形文化財になりました。
Q梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段は何のために造られましたか?
A北側の山から下りてくる来訪者が主屋の玄関手前へ至るための通路として造られました。
Q梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段の長さは?
A石段が延長11メートル、石塀が延長6メートルです。
Q梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段の石積みの特徴は?
A石塀は下段と上段で積み方が異なり、上部はこぶし大の黒石を漆喰で固めています。隅には上下とも切石を使います。石段は下方で主屋に向かって緩やかに曲がります。
Q梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段は見学できますか?
A偕楽園の開館時に敷地内から見られます。個人所有の敷地なので、見学範囲は案内に従ってください。

基本情報

名称梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段
所在地長崎県平戸市明の川内町348
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成17年(2005年)12月26日 登録
員数1棟(文化庁データベースの員数表記)
寸法石塀 延長6メートル、石段 延長11メートル
所有者個人(長崎県文化財データベースによる)
公開状況偕楽園の開館時に敷地内から見学(事前の電話確認が必要)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005208
長崎県の文化財「梅ヶ谷津偕楽園(主屋、石塀及び石段、石垣、稲荷社)」
https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/392

最終更新日: 2026.09.19