主屋の前から庭を区切る延長97メートルの石垣

梅ヶ谷津偕楽園石垣は、長崎県平戸市明の川内町の梅ヶ谷津偕楽園で主屋の南側に築かれた天保10年(1839年)の石造の石垣で、平成17年(2005年)12月26日に国の登録有形文化財となった。延長は合わせて97メートルあり、文化庁の解説は庭園の主要な構成要素と位置づけている。

石垣は2つの部分からなる。主屋の南側を東西方向に走る55メートルの石垣と、その西の端から南へ弓なりに延びる42メートルの石垣である。後者は畑地を区切る役目を持ち、高さは5メートルに達する。

梅ヶ谷津偕楽園の庭は、平成25年(2013年)に棲霞園とともに国の名勝となった。その庭の地割を目に見える形で決めているのが、この石垣である。

1本の石垣に並ぶ積み方の見本

梅ヶ谷津偕楽園石垣の特徴は、場所ごとに積み方を変えている点にある。文化庁の解説によると、東西の石垣は、たるみを付けた小型の石の空積の部分と、巨石を積んだ部分とで構成される。「たるみ」は石の並びにわずかな弛みや曲線を持たせることで、硬い直線を避けた表情をつくる。

南北に延びる高さ5メートルの石垣は乱積で、大小の石を不規則に組み合わせている。畑を区切る実用の石垣に、大きな高さと荒々しい肌理を与えた部分である。

長崎県の解説は、同じ石垣をさらに細かく読み分けている。建物の真下では出隅の角をきっちり整えて積み、前面の東側では自然石を整えてなだらかな曲線を描くように積み、前面の西側では大きめの自然石を乱積みにする。こうした積み方の組み合わせが、趣のある景観をつくっていると評価されている。

梅ヶ谷津偕楽園石垣の見どころ

見るべき場所は3つある。主屋の真下の角、前面の東側の曲線、そして西側の乱積である。同じ石垣を東から西へ歩くだけで、整った角、なだらかな曲線、荒い乱積と、石の表情が段階的に変わっていく。

次に、西端から南へ折れる弓なりの石垣を追いたい。高さ5メートルの乱積の壁が畑地を区切りながら弧を描いて下っていく。主屋前の眺めを受け止める東西の石垣とは役割が違い、土地を仕切る土木の構造物としての力強さがある。

主屋の前から見下ろすと、石垣の天端の線が庭と海との境目のように見える。梅ヶ谷津偕楽園石垣が庭の構図のなかでどう効いているかは、この位置から眺めるのがいちばん分かりやすい。

梅ヶ谷津偕楽園石垣の見学

梅ヶ谷津偕楽園石垣は屋外の構造物で、偕楽園の開館時に敷地内から見る。高さのある石垣なので、天端に近づいたり石に登ったりするのは避けたい。敷地は個人の所有で、畑地を含むため、立ち入れる範囲は案内に従ってほしい。

開館時間と行き方は、梅ヶ谷津偕楽園のページにまとめてある。

Q&A

Q梅ヶ谷津偕楽園石垣はいつ築かれましたか?
A天保10年(1839年)です。平成17年(2005年)に国の登録有形文化財になりました。
Q梅ヶ谷津偕楽園石垣の長さはどのくらいですか?
A主屋の南を東西に走る55メートルと、その西端から南へ弓なりに延びる42メートルを合わせて97メートルです。
Q梅ヶ谷津偕楽園石垣の積み方の特徴は?
A東西の石垣はたるみを付けた小型石の空積と巨石積の部分からなり、南北の石垣は高さ5メートルの乱積です。場所ごとに積み方を変えています。
Q梅ヶ谷津偕楽園石垣はどこから見るのがよいですか?
A主屋の前から見下ろすと庭の構図のなかでの役割が分かります。東から西へ歩くと積み方の変化をたどれます。
Q梅ヶ谷津偕楽園石垣は見学できますか?
A偕楽園の開館時に敷地内から見られます。個人所有の敷地なので、見学範囲は案内に従ってください。

基本情報

名称梅ヶ谷津偕楽園石垣
所在地長崎県平戸市明の川内町348
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成17年(2005年)12月26日 登録
員数1棟(文化庁データベースの員数表記)
寸法延長97メートル(東西55メートル、南北42メートル、南北部分の高さ5メートル)
所有者個人(長崎県文化財データベースによる)
公開状況偕楽園の開館時に敷地内から見学(事前の電話確認が必要)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「梅ヶ谷津偕楽園石垣」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005209
長崎県の文化財「梅ヶ谷津偕楽園(主屋、石塀及び石段、石垣、稲荷社)」
https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/392
文化遺産オンライン「棲霞園及び梅ヶ谷津偕楽園」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/275193

最終更新日: 2026.09.19