天正5年創業、奈良墨の老舗の屋敷と工場

古梅園は、奈良県奈良市椿井町にある天正5年(1577年)創業の墨の製造元で、表通りの店舗と主屋、その奥に続く製墨工場の建物25件が、平成10年(1998年)1月16日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「こばいえん」。旧奈良町の一画で、店と住まいと仕事場が一つの敷地に収まったまま、いまも墨づくりが続いている。

古梅園の伝える家史では、始祖の松井道珍が大和国十市から奈良へ移って製墨を始めた。当時の製法はまだ粗く、道珍は「延喜図書寮造墨式」や「李家製墨法」などの古い製法書に当たって良墨の製法を研究し、その功で土佐掾の官名を受けたという。二世道慶の庭の一隅に梅の古木があり、訪れた文人墨客がこぞって褒めたことから、これを園号として「古梅園」と名乗るようになった。

江戸の御用から宮内省御用達へ

三世道寿は徳川幕府の御用を受けて江戸に詰め、諸大名の屋敷の注文に応じた。六世元泰は元文4年(1739年)に幕府の許しを得て長崎へ赴き、清の墨匠、程丹木らと製墨の技術を交わした。このとき試みた紅花墨は七世元彙が完成させ、父子は『古梅園墨譜』や『墨談』などの書も残している。奈良製墨組合は、これ以後「墨といえば古梅園」と言われるようになったと紹介している。

十世元長は明治維新に際して官名を返上し、宮内省御用達となった。十一世元淳は奈良市の名誉市長を務め、大正4年(1915年)に営業を会社組織に改めている。現在の当主は十六世の松井晶子氏である。登録された25件の多くは大正年間(1912〜1925年)の建物で、ちょうど株式会社古梅園が発足したころの屋敷と工場の姿を伝える。

墨ができるまでと、それを受け持つ建物

古梅園の墨は油煙墨である。純植物性の油を土器に入れ、藺草の灯心に火をともして覆いをかぶせ、内側に付いた煤を集める。煤が偏らないよう20分おきに土器を回す、手のかかる作業だという。膠は「たんぽ」と呼ぶ銅の壺に入れて70度の湯でゆっくり湯煎し、煤と膠の液を100対60の割合で香料とともに練り上げる。

練った墨は、文字や図柄を彫った梨の木の木型に入れて形を付ける。型から出した墨は湿った木灰に埋め、日を追って乾いた灰へ替えていく。この灰乾燥は小さい墨で1週間、大きいもので30日から40日ほどかかる。そのあと稲藁で編んで天井から吊るし、1か月から6か月かけて室内で乾かす。最後に灰を洗い落とし、炭火で軽く焙って蛤の貝殻で磨き、金粉や銀粉で文字を彩る。墨づくりは暑さを避け、10月中旬から翌年4月末ごろまでの寒い時期に行う。

登録された建物の名前は、この工程にそのまま対応している。膠を溶かす釜を据えた銅壺場、練った墨を量って型に入れる細工場、灰を替えながら墨を乾かす北と西の灰替所・灰替倉、木灰を乾かし墨を藁で編む灰置き場兼編み場、貝殻で磨く磨き作業所、包装を受け持つ仕上げ作業所、製品を納める商品蔵である。敷地の西北隅に建つ乾蔵には、いまも墨の木型が保管されている。

職人の暮らしを支えた建物も残る。食堂・脱衣室・灰替所、浴槽5基を並べた風呂場、住み込みの部屋があった更衣室兼物置、もとは職人の食事所だった台所、井戸を抱える釜屋兼井戸屋形である。製墨の工程と、それを担った人々の日常が、一つの敷地の建物の並びから読み取れる。

敷地の配置

表通りに面して、黒漆喰塗りの店舗が看板を掲げて建つ。その南に格子戸の事務所が一続きの意匠で並び、北東の角では屋根付きの東北土塀が店舗と主屋を鉤の手につないで表構えを整える。店舗の奥が表屋造の主屋で、中庭を挟んだ背後に土蔵風の離れ座敷が建つ。この住まいの部分の周りに、東内蔵・中内蔵・西内蔵の3棟の内向きの土蔵が置かれている。

敷地の北側は路地に接し、主屋北塀と内蔵北塀の漆喰の高塀が、主屋の落ち棟や離れ座敷の妻、土蔵の軒と重なって路地の景観を形づくる。製墨の施設は敷地の西半分に集まり、ほぼ中央西寄りの製墨説明所がその入口にあたる。南側では、事務所の背後に仕上げ作業所が東西に長く延び、屋敷の南の限りを示している。

登録有形文化財25件

平成10年(1998年)1月16日に登録されたのは、店舗・事務所・主屋・離れ座敷・東内蔵・中内蔵・西内蔵・製墨説明所・磨き作業所兼倉庫・食堂・脱衣室・灰替所・風呂場・銅壺場・北灰替所(北乾燥倉)兼倉庫・乾蔵・西灰替倉(西乾燥倉)・灰置き場兼編み場・細工場・台所・仕上げ作業所・商品蔵・釜屋兼井戸屋形・更衣室兼物置・東北土塀・主屋北塀・内蔵北塀の25件で、登録番号は29-0005から29-0029まで続く。所有者はいずれも株式会社古梅園である。

文化庁の記録で年代を見ると、乾蔵が明治期、店舗や主屋など16件が大正期、製墨説明所や細工場など8件が昭和初期にあたる。登録の基準は、離れ座敷が「再現することが容易でないもの」、ほかの24件が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

見学と墨づくり体験

店舗は営業しており、墨を買い求めることができる。古梅園によれば営業は月曜から金曜の午前9時から午後5時までで、土曜・日曜・祝日は休み。時期によって多少変わるので、訪ねる前に電話(0742-23-2965)で確かめておきたい。

主屋や土蔵、製墨工場はいずれも住まいと現役の仕事場で、自由に立ち入ることはできない。外から見られるのは表通りの店舗・事務所・東北土塀と、北側の路地に沿う高塀や土蔵の外観である。工場の見学は予約制で、墨の製造期の11月から4月末までは、職人が練った墨を手で握って形を付ける「にぎり墨」の体験もできる。料金は4,000円からで、握った墨は乾燥させたのち送られてくる。撮影の可否も含め、見学の条件は予約の際に問い合わせるとよい。

アクセス

近鉄奈良駅から歩いて6分ほどで、奈良製墨組合の案内では4番出口から小西通りを南へ7〜8分とされる。JR奈良駅からは三条通りを東へ歩いて10分ほどである。古梅園の案内には駐車場の記載がないので、電車と徒歩で訪ねるのが確実である。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 古梅園店舗
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000453
国指定文化財等データベース(文化庁)— 古梅園離れ座敷
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000456
国指定文化財等データベース(文化庁)— 古梅園乾蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000466
文化遺産オンライン — 古梅園店舗
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/180363
株式会社古梅園 — トップ
https://kobaien.jp/
株式会社古梅園 — 古梅園について(歴代・会社概要)
https://kobaien.jp/profile.html
株式会社古梅園 — 墨の誕生
https://kobaien.jp/sumitanjyo.html
株式会社古梅園 — 古梅園の墨づくり
https://kobaien.jp/topics.html
奈良製墨組合 — 組合企業案内 古梅園
https://www.sumi-nara.or.jp/kumiai_company_kobaien.html

最終更新日: 2026.10.02

基本情報

名称古梅園
所在地奈良県奈良市椿井町7ほか
所有者株式会社古梅園
指定登録有形文化財 25件
座標34.68073, 135.82708