通りに沿って建つ明治の離れ

横内家住宅奥座敷棟は、大阪府東大阪市四条町にある明治30年(1897年)建築の木造平屋建の離れで、平成27年(2015年)に国の登録有形文化財に登録された。

横内家住宅奥座敷棟は、主屋の上手から廊下を介してつながり、通りに沿って建つ。文化庁のデータベースによれば昭和5年(1930年)にこの場所へ移築されたもので、建築面積は58平方メートルある。移築前にどこに建っていたかは、公表されている資料には記されていない。

東と西で形の違う屋根

横内家住宅奥座敷棟の屋根は桟瓦葺で、東の端を入母屋造、西の端を寄棟造に納めている。1棟の屋根の両端で形を変えているため、見る方角によって印象が変わる。まわりには下屋をめぐらせ、軒を低く伸ばしている。

東から見ると入母屋の妻の三角形が立ち上がり、西からは四方に流れる寄棟のなだらかな屋根になる。通り沿いに建つ横内家住宅奥座敷棟が集落の街路景観に寄与すると文化庁が評価するのは、この屋根の表情によるところが大きいと思われる。

十畳の主室と筬欄間

間取りは十畳の主室と六畳の2室を並べたもので、北東の面に縁を設けている。主室には床の間などの座敷飾を備え、2室の境には細い桟を密に並べた筬欄間を入れて飾る。

部屋数を絞り、縁を外に開いた構成で、文化庁の解説は横内家住宅奥座敷棟を開放的で瀟洒な離れと評している。登録は平成27年(2015年)8月4日、登録番号27-0632で、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

移築の昭和5年は、主屋が文人の当主のもとで数寄屋風に改められた昭和前期にあたる。明治の離れをこの時期に屋敷へ迎え入れたことになり、主屋の手直しとあわせて当時の当主の好みがうかがえる。

見学について

横内家住宅奥座敷棟は個人の住まいの一部で、内部公開の案内は見当たらない(2026年10月時点)。座敷飾や筬欄間を実際に見る機会は、いまのところ見つからない。

通り沿いに建つため、屋根の形や軒まわりは公道から見えると考えられる。入母屋と寄棟の違いは、通りを少し歩いて角度を変えると確かめやすい。住まいの方の暮らしの場なので、立ち止まる時間は短めにしたい。

Q&A

Q横内家住宅奥座敷棟はいつ建てられましたか?
A明治30年(1897年)の建築で、昭和5年(1930年)に現在の場所へ移築されました。
Q横内家住宅奥座敷棟の屋根の特徴は?
A桟瓦葺で、東の端を入母屋造、西の端を寄棟造に納めています。まわりには下屋をめぐらせています。
Q横内家住宅奥座敷棟の部屋はどうなっていますか?
A十畳の主室と六畳を並べ、北東面に縁を設けています。主室に座敷飾を備え、室境に筬欄間を入れています。
Q横内家住宅奥座敷棟はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A平成27年(2015年)8月4日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。開放的で瀟洒な離れで、通り沿いの街路景観に寄与している点が評価されています。
Q横内家住宅奥座敷棟は見学できますか?
A個人の住まいで、内部公開の案内は見当たりません(2026年10月時点)。通り沿いに建つため、屋根などの外観は公道から見えると考えられます。

基本情報

名称横内家住宅奥座敷棟
所在地大阪府東大阪市四条町433
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号27-0632
指定年平成27年(2015年)8月4日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積58平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし(個人の住まい)
公開状況個人住宅のため一般公開の案内なし。屋根などの外観は通りから見られる

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 横内家住宅奥座敷棟
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010677
文化遺産オンライン — 横内家住宅奥座敷棟
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/237531

最終更新日: 2026.10.07