本殿の両脇を囲む総延長26メートルの透塀

石切劔箭神社透塀は、大阪府東大阪市東石切町一丁目の石切劔箭神社にある昭和6年(1931年)ごろ建築の透塀で、拝殿の背後から本殿の両脇を囲んでおり、令和7年(2025年)3月13日に国の登録有形文化財に登録された。

透塀は、中が透けて見えるように作った塀のことで、神社の本殿のまわりによく設けられる。石切劔箭神社透塀は木造、銅板葺で、総延長は26メートル。文化庁の年代は「昭和6年頃」で、神社の棟札も本殿・拝殿及び幣殿とあわせて吉田種次郎の設計としている。

本殿の基壇で止まる珍しい平面

透塀は建物を三方から囲うのがふつうだが、石切劔箭神社透塀は形が違う、と神社は説明している。拝殿の庇から後ろへ延び、矩折れに曲がって本殿の両脇を囲み、本殿背面の柱筋のところで基壇に突き当たって止まる。本殿の背後には回り込まない。

文化庁の解説も、拝殿の背面から本殿背面の柱筋までの範囲と書いており、神社の説明と一致する。本殿の基壇を左右から挟み込むような配置である。

本殿側の柱間には框戸が備え付けられている。

石切劔箭神社透塀が登録された理由と見どころ

登録番号は27-0944。同じ日に登録された4件のうち、この透塀だけ基準が違い、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。

文化庁の解説は作りを細かく記している。切石積の基壇に立ち、隅の柱は角柱、あいだの柱は円柱。横材は下から地長押・腰長押・内法長押の3本を打ち、腰は竪板張、その上を連子窓とする。

解説がとくに目を留めるのは軒まわりだ。小さな屋根を支える腕木と垂木の先端に繰型を付け、軒下がにぎやかに見えるようにしている。屋根の端は、出桁の端などを覆う化粧板の柄振板で納めている。

塀の角に立つと、角柱と円柱の使い分けと、3段の長押が引く水平の線がいちばん分かりやすい。

石切劔箭神社透塀を見るには

石切劔箭神社透塀は、境内から外側を自由に見られる。内側は本殿の神域なので入れない。連子窓の格子越しに本殿が透けて見えるのは、この塀の役目そのものである。

本殿の左手、御神木のクスノキの前は、透塀の側面を近くで見られる位置になる。クスノキに祈る人も多いので、長く場所を占めないようにしたい。

個人の記念や風景の撮影は許されているが、三脚・脚立やドローンは使えない。境内への行き方と参拝の時間は石切劔箭神社のページにまとめた。

Q&A

Q石切劔箭神社透塀とはどのような建物ですか?
A本殿のまわりに設けた、中が透けて見える木造の塀です。銅板葺で総延長26メートル、昭和6年(1931年)ごろの建築です。
Q石切劔箭神社透塀はどこからどこまで続いていますか?
A拝殿の庇から後ろへ延び、本殿の両脇を囲んで、本殿背面の柱筋で基壇に突き当たって止まります。本殿の背後には回りません。
Q石切劔箭神社透塀の登録基準は何ですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。同じ日に登録された本殿・拝殿及び幣殿・絵馬殿は「造形の規範となっているもの」で、透塀だけが異なります。
Q石切劔箭神社透塀の見どころはどこですか?
A腕木と垂木の先端に付けた繰型で、軒まわりをにぎやかに見せています。隅の角柱と中間の円柱、3段の長押、腰の竪板張と上部の連子窓も見ておきたい部分です。
Q石切劔箭神社透塀の内側に入れますか?
A入れません。内側は本殿の神域で、外側から格子越しに本殿を見ることになります。

基本情報

名称石切劔箭神社透塀(いしきりつるぎやじんじゃすきべい)
所在地大阪府東大阪市東石切町1丁目691
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号27-0944
指定年令和7年(2025年)3月13日登録
員数1棟
寸法木造、銅板葺、総延長26メートル
所有者神道石切教石切劔箭神社(宗教法人)
公開状況外側のみ(境内は24時間開放、塀の内側は立入不可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):石切劔箭神社透塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015333
文化遺産オンライン:石切劔箭神社透塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/544547
東大阪市:石切剣箭神社が国の登録有形文化財(建造物)に登録されました
https://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000040441.html
石切劔箭神社:御社殿・御神木
https://www.ishikiri.or.jp/shaden/
石切劔箭神社:境内案内
https://www.ishikiri.or.jp/annai/

最終更新日: 2026.09.29