北條家住宅米蔵とは

北條家住宅米蔵(ほうじょうけじゅうたくこめぐら)は、新潟県佐渡市泉の北條家の屋敷の西側に建つ明治時代前期の大きな米蔵で、平成18年(2006年)10月18日に登録有形文化財となった。登録番号は15-0224である。

敷地の西側に東を向いて建ち、建築面積は106平方メートル。北條家住宅に並ぶ3棟の蔵のなかでは群を抜いて大きく、家財蔵の3倍ほどの広さがある。

大地主の屋敷を示す米蔵

文化庁の解説は、北條家住宅米蔵を規模の大きな米蔵とし、敷地のなかでも際立つ存在として、大地主の屋敷らしい景観をつくっていると評価する。登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

北條家は代々の医家として知られるが、元禄8年(1695年)以降は泉の地主でもあった。医業の家が、同時にこれだけの米を納める蔵を構える家でもあったことを、北條家住宅米蔵の大きさがはっきり示している。

土蔵を蔵前で包み、一つの屋根をかける

北條家住宅米蔵の本体は、桁行6間半、梁間3間の土蔵造2階建である。その北側と東側に、木造2階建の蔵前を矩手(かねて、L字形)に回し、全体に切妻造・桟瓦葺の大きな屋根をかけている。

外から見ると、土蔵の本体は木造の蔵前に半ば包まれ、大屋根の下に収まった姿になる。佐渡市の解説は、平側に真壁を見せる土蔵と説明している。

建築年代を記した資料は見つかっていない。2階の床板や壁の竪板を留めるのに和釘が使われていることから、北條家住宅米蔵は明治時代前期の建物と考えられている。

移されてきたと伝わる蔵

佐渡市によれば、北條家住宅米蔵は、沢根(いまの佐和田地区)で廻船問屋を営んでいた浜田屋の蔵を移したものと伝えられている。移した時期や経緯を記した記録は、確認した資料には示されていない。

伝承が正しければ、この蔵はもとは海運の商家が荷を納めるために建てたもので、泉に移ってから地主の米蔵として使われたことになる。

見学方法

北條家住宅米蔵は、長屋門から最も遠い敷地の西側に建ち、内部は公開されていない。佐渡市は、令和8年(2026年)9月中旬から主屋の工事を行うため、敷地内への立ち入りを控えるよう求めている。その間、北條家住宅米蔵を近くで見ることはできない。

見学の機会があれば、北側と東側に回した蔵前と、それをまとめて覆う切妻の大屋根に注目したい。北隣の家財蔵とは、家財蔵の蔵前でつながっている。

Q&A

Q北條家住宅米蔵はいつ建てられましたか。
A明治時代前期と考えられています。2階の床板や壁の竪板を和釘で留めていることが根拠です。
Q北條家住宅米蔵の大きさはどれくらいですか。
A本体の土蔵は桁行6間半、梁間3間の2階建で、蔵前を含めた建築面積は106平方メートルです。北條家住宅の蔵のなかで最も大きな建物です。
Q北條家住宅米蔵はほかから移された蔵ですか。
A佐渡市によれば、沢根(佐和田地区)の廻船問屋、浜田屋の蔵を移築したものと伝えられています。時期などの記録は示されていません。
Q北條家住宅米蔵が登録有形文化財になったのはいつですか。
A平成18年(2006年)10月18日です。登録番号は15-0224で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。
Q北條家住宅米蔵は見学できますか。
A内部は公開されていません。令和8年(2026年)9月中旬から主屋の工事が行われており、佐渡市は敷地内への立ち入りを控えるよう求めています。

基本データ

名称北條家住宅米蔵(ほうじょうけじゅうたくこめぐら)
所在地新潟県佐渡市泉乙33
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 15-0224
指定年平成18年(2006年)10月18日登録
員数1棟
寸法土蔵造及び木造2階建、瓦葺、建築面積106平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(主屋工事のため敷地内への立ち入りは控えるよう案内されている)

参考文献

国指定文化財等データベース 北條家住宅米蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005826
文化遺産オンライン 北條家住宅米蔵(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/171132
国登録 有形文化財:北條家住宅(佐渡市)
https://www.city.sado.niigata.jp/site/bunkazai/4963.html
国指定 重要文化財:北條家住宅(佐渡市)
https://www.city.sado.niigata.jp/site/bunkazai/4924.html

最終更新日: 2026.09.28