石動神社本殿(長岡市)とは

石動神社本殿は、新潟県長岡市五反田町上ノ山にある昭和9年(1934年)建築の一間社流造の本殿で、平成18年(2006年)11月29日に国の登録有形文化財となった。

読みは「いするぎじんじゃほんでん」。五反田町の町内会が所有する石動神社(長岡市)の本殿で、手前に建つ拝殿と同じ年に建てられ、同じ日に登録された。新潟市北区にも同名の石動神社本殿があるが、そちらは寛政8年(1796年)の別の建物である。

建築面積はわずか1.4平方メートル。正面の柱間は3尺(約0.9メートル)しかなく、人が中に入るための建物ではない。神の座所として、覆屋(おおいや)と呼ばれる保護用の建物の中に納められている。

石動神社本殿が登録された理由

石動神社本殿は第53回の登録で、登録番号は15-0229。登録基準は「再現することが容易でないもの」で、昭和初期の地元の大工が小さな本殿に注ぎ込んだ技巧が評価された。

文化庁の解説は、作者を地元の大工、高木要助元久と明記している。形式は流造の一間社で、屋根はこけら葺。部材に塗装をしない素木のつくりで、木肌がそのまま表に出る。

軒は垂木を二段に重ね、細かく並べた二軒繁垂木。向拝の組物には一段外へ持ち出す出組を用いる。1.4平方メートルの本殿でありながら、大きな社殿と同じ部材の構成を小さな寸法で組み上げている。そこが大工の腕の見せどころになっている。

石動神社本殿の見どころ

文化庁の解説が見どころに挙げるのは2点である。

ひとつは彫物。向拝の柱をつなぐ水引虹梁の上に龍が彫られている。正面幅0.9メートルほどの本殿に置かれた龍なので、細部の彫り込みは近づかないと読み取れない。

もうひとつは、向拝と本体をつなぐ海老虹梁に根曲がり材を使っていること。海老虹梁はもともと弓なりに曲げた形の梁だが、ここでは雪国の斜面で根元が曲がって育った木の、自然の反りをそのまま利用している。材木を削り出して曲線をつくる代わりに、木が育った形を形式に重ねた工夫である。同じ年に建った拝殿の向拝柱にも根曲がり材が使われており、2棟に共通する特徴になっている。

石動神社本殿の見学

石動神社本殿は覆屋の中にあり、外から本殿そのものを見ることはできない。拝殿の後方、数メートルのところにある覆屋が、本殿の位置を示す目印になる。内部の公開や特別公開の案内は、所有者の町内会からも長岡市からも出ていない。

撮影についての案内も見当たらないため、覆屋や拝殿の外観を静かに撮る程度にとどめたい。本殿の姿は、文化遺産オンラインと文化庁のデータベースに掲載された写真で確かめられる。境内への行き方は、石動神社(長岡市)のページにまとめてある。

Q&A

Q石動神社本殿(長岡市)はいつ建てられましたか?
A昭和9年(1934年)の建築です。手前の拝殿も同じ年に建てられています。
Q石動神社本殿(長岡市)はいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成18年(2006年)11月29日に、拝殿とともに登録されました。登録番号は15-0229です。
Q石動神社本殿(長岡市)は誰が建てたのですか?
A文化庁の解説によれば、地元の大工、高木要助元久の作です。
Q石動神社本殿(長岡市)の建築上の特徴は何ですか?
A正面の柱間3尺の一間社流造で、こけら葺、素木のつくりです。軒は二軒繁垂木、向拝の組物は出組で、水引虹梁の上の龍の彫物と、根曲がり材を使った海老虹梁が特徴です。
Q石動神社本殿(長岡市)は見学できますか?
A本殿は覆屋の中に納められており、外から見えるのは覆屋だけです。内部の公開は案内されていません。

基本情報

名称石動神社本殿
所在地新潟県長岡市五反田町上ノ山447
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)11月29日登録
員数1棟
寸法建築面積1.4平方メートル
所有者五反田町町内会
公開状況覆屋内にあり非公開(外観は覆屋のみ)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):石動神社本殿(長岡市五反田町)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005946
文化遺産オンライン:石動神社本殿(長岡市)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/143211
長岡市立科学博物館:長岡市内指定文化財一覧
https://www.museum.city.nagaoka.niigata.jp/know_more/bunkazai_sitei/

最終更新日: 2026.10.04