中津の南郊に残る大正13年の屋敷

久恒家住宅は、大分県中津市大字上宮永にある大正13年(1924年)建設の邸宅で、居住棟から塀や煙突まで15件が平成13年(2001年)に登録有形文化財となった。ほぼ正方形の敷地は約1000坪、およそ3300平方メートルある。

建てたのは久恒貞雄である。炭鉱の経営で財を成し、のちに貴族院議員となった。文化庁のデータベースが居住棟の解説でその経歴に触れている。石炭で得た資力が、中津の市街から南に下がった田畑まじりの一帯に、これだけの屋敷構を出現させた。

登録は15件が同じ日にまとめて行われ、登録番号も44-0053から44-0067まで連番で並ぶ。建物9棟に加えて、正門・裏門・給水塔・煙突・北塀・南塀という工作物まで拾い上げている。屋敷を構成要素に分解して一つずつ登録した結果、屋敷まるごとが制度の枠に収まった形になっている。登録有形文化財が1棟1登録を原則とするために起きたことで、久恒家住宅ではそれが15件という数字になって表れた。

建設年が違うのはオンドル部屋だけで、昭和20年(1945年)頃とされる。

敷地の組み立て方

久恒家住宅の敷地は東を正面とする。東面には正門と長屋門が南北に並び、その反対側、西面のほぼ中央に裏門が開く。北面には東から西へ物置、オンドル部屋、米蔵が横一列に並び、その外側を北塀が画す。南面と、東面・西面の南半は南塀が囲う。塀の総延長は北塀が約37メートル、南塀が約116メートルで、屋敷の輪郭はほぼこの2本が決めている。

内側の主要な建物は3棟。敷地のほぼ中央に客間棟が建ち、その西に奥座敷、北東寄りに居住棟が置かれる。蔵は居住棟の北西に東蔵、奥座敷の北西に西蔵、そして北西隅に米蔵。給水塔は東蔵の北面に、煙突は居住棟西面の張出部分と東蔵とに挟まれた狭い位置に立つ。

この配置を頭に入れておくと、公道から見える範囲がどこに当たるかが分かる。目に入るのは外周に沿った要素、つまり東側の正門と長屋門、西側の裏門、そして南北の煉瓦塀である。内側の客間棟や奥座敷は塀と樹木に遮られ、屋根の一部が見える程度にとどまる。

15件の登録の内訳

久恒家住宅の15件は、登録基準が3種類に分かれる。「国土の歴史的景観に寄与しているもの」が10件で最も多く、正門、客間棟、居住棟、長屋門、米蔵、オンドル部屋、物置、裏門、北塀、南塀がこれに当たる。「再現することが容易でないもの」が4件で、東蔵、西蔵、給水塔、煙突。そして「造形の規範となっているもの」が1件、奥座敷だけである。

基準の割り振りは、それぞれの棟が何を買われたのかをそのまま示している。煉瓦造の蔵と工作物が「再現困難」に寄り、京都の宮大工が手がけたと伝わる奥座敷だけが造形の水準で評価された。残りは屋敷構という景観をつくる要素として登録された。

材料の面では、鉱滓煉瓦の使用が久恒家住宅の特色になっている。物置、給水塔、煙突の壁体がこれで、いずれも1枚積である。製鉄や精錬の残り滓を固めた煉瓦を屋敷の付属施設に使った点に、施主の出自がうかがえる。塀と物置の積み方はイギリス積で、基礎には御影石の切石を用いる。

見学の条件と行き方

久恒家住宅は個人の所有である。中津市が公開している文化財一覧は所有者を「個人」と記載し、公開に関する記述を置いていない。文化庁のデータベースにも公開や特別公開の予定は載っていない。敷地内に立ち入れる施設ではないと考えて、公道からの外観見学にとどめるのが前提になる。門の内側や建物の内部を見る手立ては、現在のところ案内されていない。

撮影は公道から行う範囲であれば問題になりにくいが、住人の生活の場であることを忘れずにいたい。塀ぎわに長く立ち止まる、門の内側にレンズを向けるといった行為は避けたい。

場所はJR日豊本線の中津駅から南へ直線距離でおよそ1.5キロ。徒歩なら20分あまり、タクシーを使えば5分ほどの見当になる。中津駅は小倉と大分を結ぶ特急の停車駅で、博多からも小倉乗り換えで行ける。屋敷の周囲は生活道路で、見学者用の駐車場は用意されていない。車で向かう場合は中津市街に停めて歩くほうが確実である。

外観だけでも、久恒家住宅は見る価値がある。東面に回れば正門の欅の柱と長屋門の白漆喰が並んで見え、西へ抜ければ裏門と煉瓦塀が続く。塀に沿って屋敷を一周すると、約1000坪という数字が実感に変わる。

名称の読みと表記

久恒家住宅は「ひさつねけじゅうたく」と読む。「きゅうこう」「ひさつぐ」と読まれることがあるが、文化庁データベースのふりがな欄はいずれの棟も「ひさつねけじゅうたく」で統一されている。

各棟の正式名称は「久恒家住宅」に棟名を続けた形で、「久恒家住宅正門」「久恒家住宅奥座敷」のように表記する。中津市や大分県の一覧では「久恒家住宅 正門」と間に空白を入れる書き方も見られるが、指す対象は同じである。

参考文献

国指定文化財等データベース 久恒家住宅居住棟(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002330
国指定文化財等データベース 久恒家住宅正門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002327
国指定文化財等データベース 久恒家住宅北塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002340
中津市の文化財について(中津市)
https://www.city-nakatsu.jp/doc/2024101700025/
国指定・選定等文化財一覧(大分県)
https://www.pref.oita.jp/kyoiku/tmp/bunka/post-101/1.pdf
文化遺産オンライン 久恒家住宅居住棟
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/187060

最終更新日: 2026.09.14

基本情報

名称久恒家住宅
所在地大分県中津市大字上宮永3-1
指定登録有形文化財 15件
座標33.59098, 131.18466