本堂の西に建つ手水の建物
妙教寺御水舎は、岡山市北区高松稲荷の最上稲荷山妙教寺(最上稲荷)で本堂の西方に建つ昭和29年(1954年)の手水舎で、平成21年(2009年)1月8日に国の登録有形文化財に登録された。参拝の前に手と口を清める場所で、寺の案内では御水舎(おみずや)と呼ぶ。
妙教寺御水舎は一か所に建ち続けてきたわけではない。昭和54年(1979年)と平成18年(2006年)の二度にわたって移築されている。岡山市教育委員会の紹介記事は、大工として宮島(浅草屋)光次郎の名を挙げる。浅草屋の名は大正から昭和初期の末社にも見え、地元の大工が戦後まで境内の造営を担っていたことが分かる。
吹放ちの架構と昭和の彫物
建物は南北に長い切妻造桟瓦葺で、桁行4.8メートル、梁間2.5メートル。四方に壁を設けない吹放ちで、中央に水盤を置く。面積は12平方メートル。
柱は角柱で、脇柱を添えて建てる。柱の上に三斗を組み、柱間の中備には蟇股を入れ、軒は一軒の疎垂木とする。妻は豕叉首組という、梁の上に合掌形の材を組む簡素な形式である。
文化庁の解説が注目するのは細部の意匠で、絵様(彫り込んだ文様)や木鼻(柱から突き出た材の端)に近代的な意匠がよく表れていると評価している。江戸時代以来の手水舎の形式を守りながら、彫物の線に昭和の手が感じられる点が、造形の規範として登録された理由である。
見どころと見学
妙教寺御水舎は本堂の西方にあり、境内でいつでも見学でき、拝観料はかからない。実際に手水を使う建物なので、使い終えた人の流れを妨げない位置から眺めたい。
見るべきは柱の上である。三斗の組物、蟇股、木鼻の渦や若葉の彫りを近くで確かめると、昭和29年の大工が伝統の文法で何を工夫したかが分かる。寺の案内では、右手で柄杓を持って左手を清め、持ち替えて右手を清め、左の掌に受けた水で口をすすぐのが作法とされる。参拝時間と行き方は最上稲荷山妙教寺のページにまとめてある。
Q&A
- 妙教寺御水舎はどこにありますか。
- 最上稲荷の本堂(根本大堂)の西方に、南北に長く建っています。
- 妙教寺御水舎はいつ建てられましたか。
- 昭和29年(1954年)の建築で、昭和54年(1979年)と平成18年(2006年)に移築されています。
- 妙教寺御水舎の見どころは。
- 柱上の三斗組と中備の蟇股、絵様や木鼻に表れた近代的な意匠です。
- 妙教寺御水舎は使えますか。
- 参拝の前に手と口を清める手水舎として使われています。拝観料はかかりません。
- 妙教寺御水舎はなぜ登録有形文化財になったのですか。
- 伝統的な手水舎の形式に近代的な意匠を表した建物として、造形の規範となっていることが評価されました。平成21年(2009年)1月8日の登録です。
基本データ
| 名称 | 妙教寺御水舎(みょうきょうじおみずや) |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県岡山市北区高松稲荷712 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) 登録番号33-0175 |
| 指定年 | 平成21年(2009年)1月8日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、切妻造桟瓦葺、面積12平方メートル |
| 所有者 | 宗教法人最上稲荷山妙教寺 |
| 公開状況 | 境内で自由に見学・利用可(拝観無料) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 妙教寺御水舎
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007558
- 岡山市 — 遺跡紹介:岡山市の近代化遺産3 最上稲荷妙教寺の近代和風建築(安川満)
- https://www.city.okayama.jp/kankou/cmsfiles/contents/0000005/5279/000179262.pdf
- 最上稲荷 公式サイト — 境内のご案内
- https://inari.ne.jp/guide/
- 最上稲荷 公式サイト — よくある質問
- https://inari.ne.jp/qa/
最終更新日: 2026.10.01