中山神社本殿:美作国一宮の風格と歴史

岡山県津山市一宮に鎮座する中山神社は、美作国の一宮として古くから崇敬を集めてきた名社です。慶雲4年(707年)の創建と伝えられ、平安時代には『延喜式』において美作国唯一の名神大社に列せられました。現在の本殿は、永禄2年(1559年)に戦国武将・尼子晴久によって再建されたもので、「中山造」と呼ばれる独自の建築様式は美作地方の神社建築の模範となりました。大正3年(1914年)に国の重要文化財に指定されており、その壮大な佇まいは今なお訪れる人々を圧倒します。

歴史的背景

『中山神社縁由』によれば、慶雲4年(707年)に伽多野部長者乙丸(肩野物部乙丸とも)が祀っていた大己貴命の宮所を中山神に譲ったことで中山神社が成立したとされています。また、和銅6年(713年)に美作国が備前国から分立した際に創建されたとする説もあります。

正史における初出は貞観2年(860年)で、『日本三代実録』に「美作国正五位下中山神に従四位下を授く」と記録されています。その後、貞観6年(864年)に官社に列せられ、貞観17年(875年)には正三位に昇叙されました。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では「中山神社 名神大」と記載され、美作国唯一の名神大社として特別な地位を占めました。

中世以降は美作国一宮として信仰を集め、鎌倉時代の元寇の際には勅命により全国7カ国の一宮のひとつとして国家安穏の祈願を行いました。弘安8年(1285年)には一遍上人が参詣し、その様子が国宝『一遍聖絵』第8巻に描かれています。

しかし戦国時代、永正8年(1511年)と天文2年(1533年)の二度にわたる火災で本殿以下すべての建物と宝物・古文書が焼失しました。永禄2年(1559年)、美作を平定した出雲の尼子晴久が戦勝報賽として社殿を再建しました。これが現存する本殿です。

重要文化財としての価値

中山神社本殿は大正3年(1914年)4月17日に国の重要文化財(旧国宝)に指定されました。その価値は、日本の他の地域には見られない「中山造」と呼ばれる独自の建築様式にあります。

中山造は、入母屋造の屋根を妻入(つまいり)とし、正面に向唐破風造の向拝(こうはい)を設ける形式です。桁行三間・梁間三間の規模を持ち、檜皮葺の屋根が美しい曲線を描きます。この様式は美作地方の多くの神社建築の模範となり、津山市内の徳守神社や鶴山八幡宮をはじめ、周辺地域の神社に広く採用されました。室町時代後期の地方的な神社建築の展開を示す貴重な遺構として高く評価されています。

見どころ

本殿は建坪約41.5坪(約137平方メートル)の宏壮な建物で、檜皮葺の入母屋屋根が優美な曲線を見せます。妻入の正面には向唐破風の向拝が設けられ、格式高い外観を生み出しています。

大鳥居は寛政3年(1791年)に建立された花崗岩製で、高さ約11メートル。貫(ぬき)が柱を貫通しているものの、柱の外側に突き出す木鼻(きばな)がまったくないという全国的にも珍しい形式で、「中山鳥居」と呼ばれています。

神門は明治初頭に津山城二の丸から移築された四脚薬医門で、津山市指定重要文化財です。城郭建築の風格を残す堂々たる門構えが、神域への入口にふさわしい威厳を添えています。

本殿の裏手に鎮座する猿神社は、『今昔物語集』に登場する「中山の猿」の霊を祀るとされ、現在は猿田彦神として信仰されています。牛馬の安産守護・子宝の神として知られ、願掛けの際に赤い布製の小さな猿のぬいぐるみを持ち帰り、成就すれば2体を奉納するという風習が今も続いています。

参道入口には推定樹齢800年のケヤキ(津山市指定天然記念物)や、推定樹齢500年のムクノキ(名木百選)など、見事な巨木が並びます。総神殿(惣神殿)は寛保2年(1742年)に再建されたもので、山上山下120社の神々を合祀しています。

祭事・行事

毎年4月29日に行われる「お田植え祭」は、中山神社の代表的な祭事です。笛や太鼓の拍子に合わせて雌雄の獅子が舞い、白装束の氏子12名が境内の石畳を田に見立てて鍬を振り、苗を植える様を演じて五穀豊穣を祈ります。

12月の「御注連祭(おんしめまつり)」は、鎌倉時代の元寇の際に行われた異国降伏祈願に由来する神事で、かつては鉾祭・鉾立祭と呼ばれていました。

参拝案内

中山神社は参拝自由で、拝観料は不要です。境内は終日開放されており、参道を歩きながら本殿や摂末社を自由に見学できます。御朱印は社務所でいただけます。参拝の所要時間は30分から1時間程度です。

周辺の見どころ

津山市は歴史と文化の宝庫です。車で約15分の津山城(鶴山公園)は、日本三大平山城のひとつに数えられ、壮大な石垣と約1,000本の桜で知られています。城東・城西の歴史的町並み保存地区では、旧城下町の風情を味わうことができます。

中山造の建築様式に興味のある方は、津山市内の徳守神社や鶴山八幡宮も併せて訪れると、この地方独自の神社建築の広がりを実感できるでしょう。自然を楽しみたい方には、横野の滝や周辺の里山散策もおすすめです。

Q&A

Q「中山造」とはどのような建築様式ですか?
A中山造は、入母屋造の屋根を妻入(側面から入る形式)とし、正面に向唐破風造の向拝を設ける、美作地方独自の神社建築様式です。中山神社本殿を原型として、津山市内をはじめ美作地方の多くの神社に採用されました。日本の他の地域には見られない珍しい様式として知られています。
Q中山神社へのアクセス方法を教えてください。
AJR津山駅から西田辺行きバスに乗車し、「一宮保育所前」下車すぐ(約20分)。車の場合は中国自動車道院庄ICから約15分、またはJR津山駅から約15分(約6km北方)です。無料駐車場が完備されています。
Q猿神社にはどのような伝説がありますか?
A『今昔物語集』には、中山の神の正体は猿であり、人身御供を要求していたが、勇敢な武者によって退治されたという伝説が記されています。現在、猿神社は牛馬の安産や子宝のご利益があるとされ、赤い小さな猿のぬいぐるみを持ち帰って願掛けし、成就したら2体を奉納する風習が残っています。
Q拝観料はかかりますか?
A拝観料は無料です。境内は終日自由に参拝できます。御朱印は社務所にてお受けいただけます。
Q本殿はいつ、誰によって再建されましたか?
A現在の本殿は永禄2年(1559年)に、出雲国の戦国武将・尼子晴久によって再建されました。美作国を平定した晴久が戦勝報賽として社殿の復興を命じたものです。それ以前の社殿は永正8年(1511年)と天文2年(1533年)の二度の火災で焼失していました。

基本情報

名称 中山神社本殿(なかやまじんじゃほんでん)
文化財区分 国指定重要文化財(建造物)/大正3年(1914年)4月17日指定
建立年 永禄2年(1559年)/室町時代後期
建築様式 中山造:桁行三間・梁間三間、一重、入母屋造、妻入、向拝一間、向唐破風造、檜皮葺
主祭神 鏡作神(かがみつくりのかみ)
社格 式内社(名神大社)・美作国一宮・旧国幣中社・別表神社
所在地 〒708-0815 岡山県津山市一宮695
アクセス JR津山駅から車で約15分/中国自動車道院庄ICから約15分/JR津山駅からバス約20分「一宮保育所前」下車すぐ
駐車場 あり(無料)
拝観料 無料
電話 0868-27-0051

参考文献

中山神社本殿 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148221
津山市内の国指定文化財 - 津山市公式ウェブサイト
https://www.city.tsuyama.lg.jp/life/index2.php?id=3451
中山神社 - 岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/search/16978/
中山神社 - 岡山観光WEB【公式】
https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10532.html
中山神社 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
中山神社 - 津山瓦版
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/jinja/nakayama/
美作国一宮!中山神社の御朱印・ご利益 - 日宝綜合製本
https://www.nippoh-goshuin.net/2023/04/27/...

最終更新日: 2026.04.07