蟻通神社後門及び東西透塀とは
蟻通神社後門及び東西透塀は、大阪府泉佐野市長滝の蟻通神社で本殿の背後と左右を囲む昭和17年(1942年)建立の門と塀で、平成27年(2015年)8月4日に登録有形文化財となった。後門は木造、銅板葺、間口2.4メートル。東西の透塀はいずれも木造、銅板葺で、総延長は各24メートルである。
三者は一体の登録として扱われる。整層積の石垣の上に建ち、東西の塀が本殿を左右から囲んで拝殿の背面まで達し、その北端を後門が閉じる。本殿を囲う結界がひとまとまりで残っている形である。
この一群も、旧社地から運ばれた建物ではない。透廊と同じく、移転先の敷地に合わせて新造された。
なぜ蟻通神社後門及び東西透塀が登録されたのか
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号は27-0622である。
文化庁の解説は、蟻通神社後門及び東西透塀を透廊とともに「社地移転時の様相を伝える」ものと述べる。門と塀は単体では目立たないが、本殿の周囲をどう区切るかという判断がそのまま形になっている。移転時に境内をどう再構成したかを読むには、この一群が手がかりになる。
細部も評価の対象である。後門は一間の腕木門で、両折の桟唐戸を吊る。楣の上には足を長くとった蟇股を置く。透塀は柱間に尖った頭を持つ竪板を隙間なく張り詰め、上部だけを目透しとする。装飾を絞りつつ、要所に手を入れた作りである。
蟻通神社後門及び東西透塀の見どころ
透塀は、離れて見るか近づいて見るかで印象が変わる。離れると板が連続した壁に見え、近づくと竪板の頭が尖った形に揃えられているのが分かる。上部の目透しの隙間から、本殿の縁や高欄の一部が線状に覗く。この覗き方が透塀という形式の要点である。
後門の蟇股は足が長い。一般的な蟇股は横に張った輪郭が目立つが、ここでは縦方向に伸びる。楣の高さと合わせて設計された結果で、正面から見上げると比率の違いが分かりやすい。
石垣の積み方にも目を向けたい。整層積は石を段ごとに揃えて積む方式で、塀の水平線と積み目の水平線が重なる。昭和17年に新しく組まれた石垣であり、江戸期の社殿と並んでも違和感がないよう整えられている。
蟻通神社後門及び東西透塀の見学方法
蟻通神社後門及び東西透塀の内側、つまり本殿の周囲へは立ち入れない。後門も閉じられており、通り抜けはできない。
東の塀に沿って北へ歩くと後門の正面に出る。ここが門を正対で見られる唯一の位置である。西側の塀は裏門からの参道に近く、こちらは塀の連なりを長く見通せる。
撮影は境内から自由に行える。境内は参拝自由で拝観料はかからない。蟻通神社への行き方は神社のページにまとめてある。
Q&A
- 蟻通神社後門及び東西透塀はいつ建てられましたか?
- 昭和17年(1942年)の建立です。社地の移転にあわせて新しく造られました。
- 蟻通神社後門及び東西透塀の規模はどれくらいですか?
- 後門は間口2.4メートル、東西の透塀は総延長が各24メートルです。いずれも木造銅板葺です。
- 蟻通神社後門及び東西透塀は通り抜けできますか?
- できません。後門は閉じられており、塀の内側へも立ち入れません。
- 蟻通神社後門及び東西透塀はどこにありますか?
- 本殿の背後に後門が建ち、東西の透塀が本殿を囲んで拝殿の背面まで延びています。
- 蟻通神社後門及び東西透塀はどの文化財区分ですか?
- 登録有形文化財(建造物)です。平成27年(2015年)8月4日の登録で、登録番号は27-0622です。
基本データ
| 名称 | 蟻通神社後門及び東西透塀 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府泉佐野市長滝806他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成27年(2015年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 後門は木造、銅板葺、間口2.4メートル。東透塀と西透塀は木造、銅板葺、総延長各24メートル |
| 所有者 | 宗教法人 蟻通神社 |
| 公開状況 | 境内は参拝自由。建物内部は非公開 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「蟻通神社後門及び東西透塀」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010667
- 文化庁 日本遺産ポータルサイト「蟻通神社」
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/6535/
- 蟻通神社「蟻通神社について」
- https://www.aritooshi.org/about.html
- 泉佐野市観光サイト ここ旅泉佐野「蟻通神社」
- https://visitizumisanojpn.com/aritooshi/
最終更新日: 2026.09.14